別件の有罪視報道

結婚詐欺で逮捕された女性が、連続殺人の犯人ではないかと報道されている。今日は鳥取県でもよく似た事件があると報道されている。これはおかしい!

私は報道を見つめ続けてきた人間として、次のように考える。

①報道されているように連続殺人があったのなら、なぜ殺人容疑で逮捕しないのか。

②それはおそらく怪しいという状況はあるものの、物的証拠がないからであろう。物的証拠があれば必ず逮捕しているはずである。

③逮捕もされていないのに報道機関が詳細な捜査情報を得ているのは、捜査官が積極的にリークしているからであろう。

④捜査官が積極的に情報をリークして「あいつが犯人に違いない」という世論を喚起する背景には、裁判員制度の存在があるのではないか。公判を維持しにくいことが想像できる事案について、公判前に犯人であるという印象を世間に持たせることに成功すれば、検察に有利に裁判はすすむであろう。

マスコミが裁判員制度をつぶすようなことに使われなければいいが。

マスコミ諸君よ!何回同じ事を繰り返せば学習するのかね!今回の報道は、松本サリン事件の時とよく似ているぜ!「怪しい」だけで1人の人間を極悪犯人に仕立て上げていいものかね!なんで、証拠がそろって逮捕されるのを待てないのかね!逮捕されたって犯人だと決まったわけではないのに、逮捕もされていない事案で犯人にされることがいいと思っているのか!君たちは警察に使われているだけだ!いったいマスコミの使命はどこへ行ってしまったのか!そんなにネタに困っているのなら、鳩山事務所の政治資金規正法違反や事務所費問題をもっととりあげたらどうだ!それとも権力が怖いか!

目の前で起こっているのは、冤罪の最大の原因である「別件逮捕」だ。そのことを私たちは忘れてはならない。

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「韓国修学旅行で土下座って本当?」再び

韓国修学旅行で土下座って本当?」を書いてから3年が経った。その間様々なご意見もいただいたが、土下座させられた」学校はいまだ出てきていない。やはりそんな学校はなかったのだろう。

時々2ch等で引用されるらしく、突然アクセス数が増えるときがあって面白い。

そうした中で、いわゆる「ネットウヨ」の皆さんが、私の文章に批判されることがある。しかしどうもその批判が次元が低いのである。今回はすこし反論を書いておくことにする。

①「このプログは所詮は単なる2次資料だ」という批判へ。

こういう批判をするひとは、「韓国への修学旅行で土下座させられている」という情報がすべて2次資料ですらない情報で成り立っているということに気がついていない。産経新聞記事には、土下座も慰安婦もなし。あとは真偽不明のプログの書き込みだけ。二つをくっつけて「土下座させられている」と強弁して成り立っている情報なのだ。だからそれしか根拠がないなら「土下座はなかった」というしかない。この理屈が納得できない人は、他に土下座させられたという1次資料を出すしかないでしょう。

「単なる2次資料だ」という人は産経新聞記事が1次資料だと言いたいのかもしれませんが記事を読んでいないとしか思えない。次元が低すぎます。

②「韓国への謝罪行事を批判しているのに、土下座があったかなかったかに問題をすり替えている」という批判へ。

私ははじめから土下座の有無を問題にしており、すり替えなどはしていません。そういう方は私の文章を読んでそれ以上の反論がないのなら、まず「土下座はなかった」ということを認めていただきたい。

その上で私は「世羅高校の修学旅行は謝罪行事ですらない」と述べました。自分の価値観を揺るがしてしまう文章をじっくり読むのは確かにしんどいとは思いますが、ネットウヨの皆さんには、どうもそこまで読んで頂けていないようだ。それが悲しい。

ちなみに私は、高校生が過去の日本の行為を謝罪することには反対です。当時生きていた大人がやりなさい!高校生にできることは、「過去を乗り越えて手をつなごう」という世羅高校が行った未来志向の訴えだけかと思っている。

ところで気になるのは、それはなぜ韓国日報は世羅高校のアピールを「謝罪」であると報道したのかということ。もしかするとそこには、日本人が行った行為を認めればそれが謝罪であるという発想があるのかも知れない。もしそうなら、なんともおおらかな国民性ではないか。

③私を「ネットサヨ」扱いする人へ。

私の文章を読んで、イデオロギーにとりつかれて情報をねじ曲げてまで強弁する「ネットウヨ」や「ネットサヨ」のような傾向性を感じられる方がいることは心外だ。「ネットウヨ」の方は、私の文章が自分の意見と違うから対立する「ネットサヨ」に分類することで思考停止したいのでしょう。批判するならどこがどうおかしいのか説得力ある反論をしていただきたい。

私は、私の文章が否定される事実に出会えば変更する覚悟は持っている。事実、多くのコメントをいただき文章を修正してきた。

反論、修正のための情報をお待ちしています。

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教員免許更新制に意味なし

教員免許更新制が廃止の方向だ。歓迎したい。歓迎したいが賛成するだけで批判されるような雰囲気があることは確かだ。

実際にバカな情けない教師がいることは認める。しかし、そういう教師を排除するためにすべての教師の免許を更新制にした。そこにそもそもの無理がある。無理はどこにあるのか具体的に述べよう。

①そもそもどのような研修をすればいいのか全く検討されていないという現実

今回更新研修を受けられた先生方にうかがったが、内容は全く意味なし。大学の先生が講師をするのだが、大学の先生も何をどうすれば必要な研修になるのか全く分かっていないご様子だったとか。そもそも研修の定員が大学で決まっていて、国公立ほど早く埋まってしまい、有名でない私学は「必ず免許更新しますから受講して下さい」などと宣伝していたらしい。大学の金儲けのための研修なのかと思ったらしい。現場を知らない机上の空論を貴重な時間と金を使って聞くことに何の意味があるか」とのこと。

そう、更新制の受け皿となる大学側の体制は全く整っていないのだ。

②そもそも研修は行われている。

これまでにも各都道府県の教育委員会は、10年目や20年目などの節目に研修を受ける機会を作ってきた。講義形式もあればボランティアもあれば職場体験もあれば授業研修もある。教師にどのような研修が必要か、ということを一番知っているのは都道府県教育委員会ではないかと思う。

更新制にするから免許を発行する大学に行かなければならない。今までの研修制でなぜいけないのか、私には分からない。

③講師をどうするのか

高校の時間割は、転勤が決まって人員が決まった段階で決まる。そこで始めて講師の先生に何人何時間来ていただけばよいかが決まる。年度当初に急に電話をしてお願いするのが毎年のこと。「これからも講師を続ける」と決めて下さっている方は免許を更新されるからいい。しかし実際には講師になる予定のない方に無理矢理お願いしないといけない場面も多いのである。その際に「免許を更新していないから」と断られる場面が増えていくのは目に見えている。

このまま続ければ絶対に混乱する。間違いない。

④そもそも更新研修でおかしな教師はいなくなるのか。

講義を受ければいなくなるのか。木登りをすればいなくなるのか。いなくなる訳がない。こんなものは、文部科学省が世間の批判をかわすために作った言い訳の制度でしかない。

⑤まじめな教師ほど忙しい。真面目な教師から貴重な時間を奪う制度には絶対に反対だ。

私は免許更新制よりも、今の研修制度をより充実させるほうが現実的かつ効果的であると思う。そのためには、現場から離れて、最新の教育理論や実践を聞く時間を、職場体験をする時間を、確保する必要がある。その態勢を整えることをしないで、とりあえず教師自らが免許を更新するという「金のかからない」方法で誤魔化そうとしたとしか私には思えない。

こんなもの早く無くして、もっと有意義な制度を考えてもらいたい。

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それでもやっぱり信用できない

民主党が大勝した。大方の予想通りということだろうか。今、多くの国民の期待が民主に集まっている。

それでもやはり民主は信用できない。理由は一言。「誠実でない」につきる。

児童手当拡充に「バラマキだ」とさんざん反対しておいて子ども手当の創設を公約する。反対した理由を問われて「金額が少ない」。バラマキ批判はどこへいったのか。定額給付金に反対しておいて給付付税額控除を主張する。不正に企業献金を受け取っておいてばれると企業献金の廃止を主張する。そういう人が幹事長になる。戸別農業保障の前提だったアメリカとのFTA締結を選挙前に棚上げする。なのに戸別保障は残す。与党批判のために2/3衆議院再可決を批判し憲法を否定する。そのせいで与野党で合意してきた法案さえも廃案にする。

他にもいっぱいある。

とにかく政権が取れればいいという、そのなりふり構わない姿に不信感があるのである。民主党は、国民生活を人質にしても政権奪取を優先させた。そうした姿勢が信じられないのである。

政策もいろいろ言っているが、財源は「無駄遣いをやめる」の一点張り。どこをどれだけ削るのかという具体論はなし。問われれば「我々は野党だから必要な情報を得られない」。つまり現状を把握していない、という開き直り。挙げ句の果てに「できなければごめんなさいとあやまればいいんだ」(藤井最高顧問)。それでどうして出す方だけは金額を言えるのか。ムチャクチャである。だいたい「野党だから」という言い分がおかしい。野党でも実現できることはある。現に実例もある。

ここまでの与党批判も、自ら提案した対案に与党が歩み寄りを見せても参議院で否決し、与党に衆議院2/3再可決させ「強行採決」のレッテルを貼るなど、国民生活を危機に陥れてでも、とにかく与党の評価を落とすという戦略に出ていた。肝炎対策緊急措置法案と肝炎対策基本法案も、内閣不信任案と参議院問責決議案の前に廃案となった。麻生首相の解散決断後の不信任案と問責決議案になんの意味があるか。選挙前のパフォーマンスにすぎない。福田衣里子は何故こんなことをする民主党から出馬したのか分からない。民主党が薬害肝炎対策になにをしてきたというのであろうか。騙されているとしか思えない。

官僚批判は、はやりというよりも明治政府以来の課題。批判だけならやる気を削いで反発を生むだけ。思い出すのが田中真紀子。外務大臣になってやったことといえば官僚批判。ムチでしばくだけでは人は動かず、反発されて秘書給与流用をあばかれて辞任した。その田中が民主党に入ったのが実に象徴的だ。官僚も人間であるということを知らなければ、同じ轍を踏むだろう。ついでにいうと、その時の天敵・鈴木宗男も外務委員になるそうだ。刑事事件で告訴されている人物が登用される。党首と幹事長に疑惑がある民主党らしい話である。そういえば亀井静香も疑惑まみれの人物である。福島瑞穂はこんな連中とやっていけるのだろうか。

民主党のいやらしいやり口は古株に由来することはまず間違いない。優秀な民主の若手がこうした手法に慣れて、国民生活よりも政局優先になってしまえば、日本はまた悪癖を引き継ぐことになる。

やはり日本の危機である。

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あ~、田母神俊雄

この程度の男なのか。所詮はイデオロギーに支配され、その範疇でしか物事を考えることしかできない扇動家でしかなかったということだ。

田母神俊雄が「広島の原爆慰霊祭は左翼運動。あそこに広島市民も県民もほとんどいない。原爆の被爆者も2世もいない。並んでいるのは全国から集まった左翼。一部政治勢力が日本弱体化を図っている」などと述べたという。

バカなやつだ。最近人気がいいものだから調子に乗って口が滑ったのだろう。しかし、そういう時に本音が出るもの。そう、かれは日本国民の幸せのことなんか何とも思っていない。単なる軍国主義愛好者、軍国主義マニア。戦艦大和の決死行に感動し、特攻隊に涙するくせに、一般大衆が大量に殺された原爆の大量死には何も感じられない、そこから何かを生み出そうとしない。そういう奴を私は信用しない!

以前にも書いた。

「当時の日本の戦争責任者の日本人に対する戦争責任をはっきりさせろ!」

「大和の出撃や特攻隊などなんの効果もない作戦を立案し、日本の若者を無駄死にさせた責任者をはっきりさせろ!」

「原爆を防げなかった、そこまでに和睦に持ってこれなかった、結果として数十万の無辜の民の命を失った無能な戦争指導者の責任を日本人の手で暴け!」

そもそも軍隊というのは国民を守るためのもの。それが「一億玉砕」「一億総攻撃」などと叫んで国民を巻き込んだ。その時点で軍隊失格。しかも東京大空襲、沖縄戦、2度の原爆と国民から大量の犠牲者を出した。これを誰の責任でもない、などというのはウソだ!戦争の立案者がいて遂行者がいたはずだ!アメリカが東京裁判なんかやったから、その矛盾を取り上げることで日本政府には罪はないと言ってしまう論法がまかり通るようになってしまい本当の戦争責任が見えなくなっている。

戦後すぐの東久邇宮内閣のスローガンが「一億総懺悔」。国内の戦争責任を有耶無耶にしようとする意図が見え見えだ。あれほど国民に犠牲を強いておきながら、責任を国民になすりつけて、軍人のトップは何の責任も取ろうとしてこなかった。国民に謝罪らしきことをしたのは昭和天皇だけだ!

田母神俊雄も同じだ。彼は、かつて日本人を無駄死にさせた歴史を持つ、これから国民を守っていくはずの軍事組織に所属していたはずだ。自衛隊ならなおさらだろう。それが、何の反省もしていない軍の理屈に乗っかって自分と異なるイデオロギーをもつ者を攻撃する。右翼だの左翼だの、イデオロギーの範疇でしか現実を理解できない、そのためには事実でさえねじ曲げる。こういう人はだいたい「日韓併合を日本が押しつけたというのは間違い。韓国も同意したという条約がある。」としながら「日本国憲法はアメリカから押しつけられた。」というのだ。こういうのをダブルスタンダードという。彼の“論文”らしきものにもその傾向が見受けられる。

田母神俊雄、やっぱりつまらない奴だったな

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暗闇に血まみれのおばさんが!

昨日のこと。せまく暗い測道で車を運転していたら、すこし向こうの路面に大きな物体がある。近づいてよく見てみると自転車で転倒したとおぼしいおばさんだった。顔面半分が血まみれで、一生懸命からだを起こそうとしておられる様子。

思わず車から降りて「どうしたん!大丈夫?」と聞いても返事がない。名前もすぐには言えず、電話番号もちょっとしてから思い出された。かなりのショックを受けられたのかな、という様子だった。「何があったんやろう」と、こちらが聞きたいことを自分でおっしゃるような状態。とりあえずご自宅に連絡し、道の脇の看板にもたれてもらい、車を脇へ寄せて救急車を呼んだ。親指と肩の骨が折れているとのこと。病院に搬送されて行かれた。

この時、後から来た若いお兄さんが止まって降りてきてくれて、適切なアドバイスをくれて本当に助かった。何台かの車が見て見ぬふりをしていくのに、ただ1人助け船を出してくれた。本当にありがたかった。

他人から客観的に見ると、私がこのおばさんを跳ねたように見えてもしかたがないところ。正直言って「関わり合いにならないほうがいい」と考えるのが普通ではないか。それでも「ほっとけない」という思いで関わってくれたのだろう。なかなかできることではない。

そこで思い出したのだが、10数年前のこと。夜中に車を走らせていると、白い服を着たおばあちゃんが飛び出してきて、本当にびっくりしたことがあった。道路脇の病院に入院していた方で、「息子夫婦が私を邪険にしてここに入院させている。連れて帰って!」と訴えられていたが、当然どうすることもできず、病院までおんぶしていった。夜勤の看護士さんが、礼を言うわけでもなく不始末を詫びるわけでもなく、「あーそうですか」みたいな感じでおばあちゃんを迎えられたことをよく覚えている

私は今回、助けてくれたお兄ちゃんに、私は感謝してお礼を言った。今回のことは直接自分のことではないが、それでも助けてくれた方にお礼を言うのは当たり前だろう。連絡を受けて様子を駆けつけてこられたご親戚の方もお礼を言って下さった。一つの心使いに様々な心のこもった言葉が行き交うことが、この世の中のいいところではないのか。あのときの看護士さんはなぜあんなに冷たかったのか。今頃ちょっと腹が立ってきた。

我々は、警察からも事情を聞かれ、小1時間くらいでその場を去った。おにいちゃんの車はマフラーをいじっていたと見えて、ボボボボボ-!と大きな音を立てて去っていった。そのギャップが、ちょっとかっこよかったのである。

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年金論議覚え書き

年金の議論ほど、間違った数字が横行したり別次元の物事がいっしょくたに論じられている物事はあるまい。現代社会や政経の授業をしていて生徒から質問されても答えられないことも多く、一度整理してみる必要があると感じ、今、何が議論になっているのか、をまとめてみることにした。

①現有制度にはどのような問題点があるのか。

まず、現在の制度は将来破綻する可能性があるのか?というと、これは、ない。
社会保障国民会議が今年5月に発表した試算によると、現制度で未納率65%でも年金は破綻しないことが分かった。これは当たり前のことで「未納の人」=「年金が貰えない」ので、「未納の人」が増えると将来の年金給付の総額も減るからである。さらに、年金の国庫負担が50%になりましたが、未納者が増えるとまじめに支払ってきた人に回せる割合が増えるのである。
そもそも、マスコミは「年金未納者50%」となどといって不安を煽っているが、年金未納者50%」とは、「国民年金しか加入していない第1号被保険者の50%」なのだ。国民年金は全成人国民が加入するものだから、サラリーマンや公務員も加入し給料天引きで支払っている。このサラリーマン、公務員とその配偶者を分母に入れていないのだ。現在の未納者は年金加入対象者の5%強くらい。ほとんどの方がきちんと支払っている。
参考 http://allabout.co.jp/finance/401k/closeup/CU20080629A/
しかし、現在の制度の問題は、特に国民年金のみの第1号被保険者は将来いくら年金を貰えるのか、ということである。「今納めている金額よりは多く貰える」ということはまちがいないが、第1号被保険者は月々の納付金額が低く、したがって帰ってくる金額も少ない。夫婦だと生活保護世帯を越えるが、単身だと生活保護の方が上回ることもある。これではおかしいという当然の声もあり、見直しが進められている。(ただし生活保護家庭には、貯蓄も資産も認められない。それを考えると年金の方が楽。)サラリーマン、公務員は、「現役時代の50%」が保障される。

②社会保険庁のとんでもない話は誰のせい?
 社会保険庁の役人達が怠慢な仕事をし、せっかく貯めた保険料をグリーンピアなどに浪費して、年金の信頼性に大きく傷がついたことは記憶に新しい。許せないことだ。
しかしこのことは、年金の制度がどうあるべきかという課題とは別件。社会保険庁の役人の怠慢は組合活動にも原因がある。ヤミ専従も同じ。与党の政治家の監督責任を攻めるのと同時に、組合のゆがんだ権利意識の中に多くの「ムダ」を生む構図があることを知るべきである。コンピュータの導入や国民総背番号制などの効率化を図る制度の導入に最も反対したのは組合だ。理由は「効率的になると仕事がなくなる。そうすると人が減らされる。」「新しい機械や制度には年配者がついていけない」というもの。学校でも成績処理や通知票作成にコンピュータを使用することを拒否していたのは、きまって組合系の方々だった。

年金の全額税方式ってどう?
忘れてはならないのは、現在すでに「半額税方式」であるということ。それを全額にする。それも「現在の制度は破綻する」とまで間違いを言い切って導入しようとする理由が私には分からない。
大きな違いは、現在の制度では「払ってない人は貰えない」。全額税方式なら「払ってこなかった人も貰える」。利点は、なんといっても、現在の制度では支払っている人にしか税金の恩恵がないが、全額税方式ならすべての国民に恩恵が行き渡るということ。また、国民年金と厚生年金と共済年金などの間の格差も埋めることができる。ただし、支払ってこなかった人のなかに「支払えなかった人」と「支払わなかった人」がいるわけで、後者がまじめに支払ってきた人と平等に扱われることには抵抗感も大きい。また、厚生年金と共済年金の加入者は多額を支払ってきたわけで、それを国民年金と丼勘定にされることには相当な抵抗があるだろう。さらに、この制度には相当な税金を必要とする。現在の厚生年金・共済年金は企業・自治体が半分を負担しているが、それも税金でまかなわなければならない。いったいどれだけの税金を必要とするのであろうか。そして国民の負担はいくらになるのであろうか。考えるとちょっと恐ろしい。全額消費税ですると15%や20%なんて話まである。しかし消費税で負担するとなると、年金生活者も年金を支えていることになり、すでに年金生活に入っている人にとっては「二重取り」になるということも知っておく必要がある。
新しい制度の導入は、「国民は過去に納めた金額にこだわらない」「国民は確実な年金のために高負担を選択する」「年金生活者も負担する」という腹が固まらないとできない。はたしてできるだろうか。

夢物語ではないのだから。

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久しぶりの日本武道館

長男が参加する日本武道館の少年剣道大会に、自家用車で行ってきた。往復とも高速深夜割引を使うために、夜中の0時~4時の間、少しでもいずれかの時間に高速道路上にいなければならないという条件をクリアするために、かなりの強行軍であった。

夜中の1時に出発。とにかく走り続けて牧ノ原SAで1時間ほど休憩。さらに足柄SAで小休止をとり、後は一路東京へ。ところがラッシュアワーに遭遇して、9時の開会式には間に合わない始末。あ~あ。

試合は団体戦。1回戦は難なく勝利。2回戦、惜しい試合展開ながらも惜敗。今一歩の力が出し切れずいわゆる「勝ちきれなかった」という状態。子ども達にはいい勉強になったと思う。

しかし、会場で思ったこと。再三主催者側が「フラッシュを使用しての写真撮影はご遠慮下さい」とアナウンスしているのに(フラッシュが目にはいると試合の妨害になる)、平気で撮影している指導者がいる。うちの妻が「アナウンスをお聞きになられましたか?」とていねいに注意しても無視(この人だけではない。会場内で結構光っていた)。「監督章のない方は観覧席にお戻り下さい」とのアナウンスも無視する人多数。プロクラムに「物を置いての席取りは禁止します」とあるのに、ほとんど完全無視少年剣道の指導者たちはいったい何を子ども達に伝えようとしているのだろう。子ども達も同じ趣旨徹底を聞いている。それを無視する身近な大人達を見て、彼らはどう思うのだろう

このままでは剣道も終わるな」と思わざるを得なかった。

帰りもさらなる強行軍。そもそも0時以降にインターを出るために、どこかで風呂に入って時間調整を、と考えていたのだが、足柄SAでは東京に近すぎる。また、コースを変えて中央道の諏訪湖SAではどうかと思ったが、距離が長くなりしんどそう。そこで発見したのが、刈谷ハイウェーオアシス。伊勢湾岸道(第二名神)のPAながら、スーパー銭湯(天然温泉かきつばたの湯)があり、産直市場やフードコート、デラックストイレ、観覧車もある。昼間ならゴーカートや遊具で子どもを遊ばせることもできる。ちょっとこれは驚いた。結局、スーパー銭湯に2時間も休憩してしまい、帰宅が遅くなったが満足だった。これも道路公団民営化の恩恵だ。

剣道への若干の落胆と、いい施設との巡り会い。複雑な気持ちの変化の一日であった。

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千葉・殺人連れ去り事件に見るマスコミ

千葉県で、男のストーカーが相手女性の母親を殺し相手を連れ去り沖縄で発見されるという事件が起こった。この事件の報道の仕方を見て思うこと。

☆「○○容疑者が、今、那覇空港に入りました!」「この車が○○容疑者を乗せた車だと思われます。あっ!今、頭から服をかぶった○○容疑者が~に入りました!」こんな実況中継に何の意味があるのだろうか。

☆連れ去り被害者の顔写真を何度も何度も報道する。被害者の顔写真は捜査の手段として公開されていたとはいうものの、身柄が確保された後に電波に載せる必要はあるまい。被害者と加害者が、出会い系サイトで知り合ったという報道とあいまって、被害者バッシングが大きくなる可能性があると思わないのだろうか。

☆この事件はそんなに何回も報道する意味のある事件なのだろうか。誤解を恐れずにいう。殺人事件や誘拐事件は何回も起こっている。事件に国民に対する大きな教訓や問題提起が潜んでいるなら報道すればよい。しかし。今回の事件になにがあるというのだろう。こんな事件を繰り返し報道しているヒマがあるなら、未解決の殺人事件や誘拐連れ去り事件を報道するべきだ!

衆議院選挙が決まって、与党バッシングがしにくくなったけれども、トップニュースは毎日必要。残虐な謎に満ちた事件なら視聴率を稼げるといった所だろうか。

マスコミの情けなさを、またしても痛感する。

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教師と夏休み

ずいぶん変わったものである。

20年前、土曜日半日学校があったころ、本来休みのはずの土曜日に仕事している分(約15~17日分くらい)を夏休みや冬休みなどに固め取りするように指導されていた。これと夏季特別休暇をあわせるとかなりの日数、連続した休みが取れた。これが「教師の夏休み」の正体であった。もっとも、ほぼ毎日のようにクラブはあったので、学校には行っていた。当時、クラブ特別勤務手当が半日以上1回につき600円か何かで、あまりに安いので請求する気にならなかったことを覚えている。

それが今では、夏休み中でも出勤するのが当たり前。教師の夏休みの実態は、「夏季特別休暇」による休みと年時休暇(やはり夏休みは取りやすい)になってしまった。

そのことはいい。制度の変更だからしかたがない。問題はこの制度の変更が世間に理解されていないことである。

まず、いまだに「教師は夏休みがあっていいな」という方がおられることが面倒くさいのである。いつでも家にいると思っている保護者までいる。「いえいえ仕事ですから学校にいるのが基本です」というとびっくりされたりする。一度説明したはずの人が、翌年も同じ反応をしたりすることもある。

さらに、中途半端な知識で、「教師も夏休みってなくなったのと違うの」という方がおられるのである。そういう方の中には、正式な休暇もズル休みに見えているパターンがあるらしい。

正式に休みを家にいるのに後ろめたい気持ちがするのはなぜだろう?なぜ家にいるのか説明しなければならないようなこのイヤな気分。

全国の教師の皆さん。きっと同じ気持ちの方が多いのではないでしょうか。

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