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ふるさと近江

 わがふるさと・近江(滋賀)について書いてみたい。

 「行く春を 近江の人と 惜しみけり」と芭蕉は詠んだ。この句を紹介して司馬遼太郎さんが、「近江は他の地域とは違うんです」と講演で言われたことが思い出される。だから「街道を往く」は近江から始めたんです、と。「近江」という言葉にあわあわとのぼりゆく情感を感じるんです、と。

 私の思う近江の特徴は、「ほったらかし」の文化である。日本の中に息づいていた様々なものが「ほったらかし」で存在している。生きている。そこらへんにある神社や寺に重要文化財がひょいっとある。日常歩いている道が東海道や中山道や朝鮮人街道だったりする。最近でこそ整備されつつあるが、安土城趾は見事な石垣があるのにまさに「ほったらかし」だった。大溝城趾なんか今でも見たらびっくりするくらい「ほったらかし」。国宝の寺社でも常楽寺・長寿寺なんか観光客もいないふつうの村の寺。苗村神社もふつうの村社。「ほったらかし」てある。近江八幡の水郷なんかすごいと思うけども全く注目されないのはなぜか。

 しかし、それがいい。へんに手を加えていないのが近江の良さ。しかも醒ヶ井の地蔵川や新旭のかばたのように、昔から使われている自然を利用した施設が今も生活の中に息づいている。なんだか昔から現在までがいっしょに存在しているのが、近江というところではないかと思う。

 観光開発を言う人もいる。しかし、ここまで琵琶湖と彦根城関連以外の観光開発はことごとく失敗してきた。いろいろな原因はあるだろうと思うが、一番の原因は対象が観光資源というよりは、むしろいまだ生活資源であることではないだろうか。

 「ほったらかし」で十分。それがわがふるさと近江の良さであると思う。知っている人だけが知ればいい。知りたい人にだけ教えてあげるのである。

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