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高校教師のぼやき

 先日、久しぶりの同窓会。卒業して16年目の34歳の連中に囲まれて、若かりしころの激闘に思いをよせることしきり。しんどかったけど何とか全員卒業できたことだけが成果だったというクラスだった。

 その子らが親になり子供を学校に入れると、自分の事は棚にあげていっぱしの学校批判・担任批判をしている。当時のことを知っている自分からすれば「あれだけ教師の世話になったくせに何をいうか」というところ。どうやら今の自分を肯定するあまりに自分の来し方すべてを肯定する傾向が人間にはあるらしい。まあそれはいい。そうやって生きていく方がかしこいのだから。

 しかし、学校の方針と家庭の方針が違う場合、家庭がゆずらないでどうするのか。すべての家庭に学校が合わせられるはずがない。自分の考え方と異なる世間と折り合いをつけていくことを卒業までに身につけなければならないのに、絶好のチャンスを親が「抗議」という形でつぶしていく。世間と合わせられない子供が閉じこもるのは当たり前。教師と学校の悪口を言っている家庭の延長で、学級崩壊が起こるのは当たり前。

 今ほど教師が生きにくい時代はない。教育のプロが「先生は高校生の子供を持ったことがないから分からないんです」と批判される時代。「お母さんはこの子だけでしょ。僕は何百人もみてきましたよ」と返したこともなつかしい。しかし、その一言が言えない教師も多い。

 教育の復権は教師の復権から。そこには教員の自覚の向上が欠かせない。

 教員の不祥事についてはいつかどこかで。

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