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近江の東海道

 ふるさと近江は「道の国」である。古代の東山道で最も畿内に近いだけでなく、江戸時代の東海道・中仙道・北陸道がすべて通る「東国への入り口」である。琵琶湖があることもあってまさに交通の要衝であり、美濃と同じくここを征すると「天下を征する」といわれた。

 モータリゼーションの波が押し寄せると「国民通過県」などと揶揄された時期もあったが、高齢社会に突入すると時間の確保できる御年寄りを中心に、かっての街道を歩いて古き日本を味わおうとする方々が増えた。時代に乗り遅れていたがゆえに風情が残ったのである。NHK-BS2の「街道てくてく旅」で、サッカーの岩本輝雄選手(復帰万歳!私は大ファンです!)が東海道、谷川真理さん(加賀路)や岩崎恭子さん(四国)などが旧街道を歩いているが、見ていてスローライフというか余裕を感じられて楽しい。こんどはスケートの勅使河原選手が中仙道を歩くらしい。なかなか楽しみなのである。

 私は水口(現・甲賀市水口町)に住んでいた。水口が宿場町であることが私の「道」への関心を決定的にしたことはまちがいない。

 近江鉄道の「水口石橋」駅を降りるとそこはもう街道筋。三筋の紡錘型の宿場町が展開されている。二〇年前にはまだ「コバタ」という看板があり、長いこと何を売っていたのかわからなかった(もちろんタバコ)。すでにシャッター街になりつつあったが、古い旅館が残っておりそれなりの風情があった。しかし、名物のはずの干瓢は八百屋に売っているだけで土産になっておらず、水口高校グランドの水口城跡は当時堀と石垣が未整備に鎮座し、野洲川の渡しにある街道第一の大きさの常夜灯も、みんな前に書いたように「ほったらかし」だった。今はどうなっているのだろうか。水口城は模擬櫓があると聞いているが、多少の整備をしても整備後の「ほったらかし」状態が続き、それなりに風情のある姿になっていると思う。

 この「ほったらかし」状態は様々な場所にあり、重要文化財の社寺が街道筋にひょっこりとあるのがいいのである。かつては琵琶湖水運の一大拠点だった「矢橋の帰帆」跡には当時の船着き場の石場が見事にのこっているが、近所の人が洗濯物を干しいていたりした事もある。全く観光客を呼ぼうと思っていないのだ。重要文化財でなくても、神社でいえば「式内社」がゴロゴロそこらにある。これが近江なのである。

 近江の旧東海道はよく残っている。国道1号線の工事の際に拡幅されている場所は少なく、当時の道幅に近いものが残っていることがうれしい。時々明治時代の付け替えなどが災いして江戸期の跡を通っていない旅人がいたが(土山と草津に勘違いしやすい箇所がある)、比較的「広重ポイント」もわかりやすい(「石部」が栗東市を描いたものであることには驚くが)。

 どの道が旧東海道なのかを正しく表記した本がなく、いい加減だったことから、「よし俺の手で作ってやろう」と思っていた。いまでは相当正しいものが出版されているので、ちょっとくやしかったりするのである。

 近江は「道の国」。道は人と物と、文化が行き来するところ。そんな当時のにぎわいを想像しながら「道」に立つのが好きなのである。

 近江のシリーズはまた続けていきたい。 

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