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戦犯は誰に責任を負うのか(靖国の戦争責任)

 安倍新政権が発足した。小泉政権がぶちこわした中韓との関係がどうなるのかが、今注目されている。小泉前首相は靖国参拝を「心の問題」としてかたずけようとしたが、教師に日の丸・君が代を強制することは「国民として当たり前」としている。私は公務員なので、自分の信条とは別に国民の支持した政権に従う覚悟は持っているつもりだが、公務員のトップたる首相が国益を犯してまで自分の心にとらわれることには納得できない。彼の主張には公務員としての一貫性がないと思う。

 それはともかく、一度自分の靖国と戦犯に対する考えをまとめておこうと思う。先の大戦について日本がとるべき責任とは何であろうか。日本が侵略行為をして、それに対して誰かに責任をとるべきであるということに私は異論がない。しかし、それは欧米諸国に対する責任ではない。中国・韓国・東アジア・南太平洋等、日本が侵略した国と地域の人々に対してとるべき責任である。欧米諸国は日本よりも早くからアジア・アフリカ・北南米を侵略し虐殺してきた先達である。日本は強盗を働いたが、強盗から強盗呼ばわりされる筋合いはない。彼らに日本を罰する権利はないのである。誰に責任をとるべきか。そこのところが現代の日本では混同されているのではないか。

 つまり、勝者が敗者をさばいた、「平和に対する罪」という当時存在しなかった容疑を裁いた東京裁判には意味がない。インドのパール判事のいう通りである。東京裁判を否定する人はここで思考停止するが、あれだけの人々を日本本意に殺しておきながら、誰も責任をとらなくてもいいというのであろうか。欧米がやったのと同じ事をしたのだからいいというだろうか。それよりも気になることがある。東京裁判を否定する人から、「世界平和への情熱」を感じることができないのはなぜなのだろうか。ともかくあの裁判は侵略された側の視点からやり直す必要があるのと私は思うのだ。

 さらに私は、もう一つの責任があると思う。誰が国民をだまして無謀な戦争を引き起こし、泥沼につっこみ、死ななくてもいい国民を死地に赴かせたのかということである。このことは日本人が考え、日本人が責任を問わなければならない。アメリカなどという無法者国家に言われるものではない。つまり、当時の日本政府が日本国民に対してとるべき責任である。

 そうした視点から私は、東条や近衛はやはり戦犯であると思う。そんなやつらを被害者ともいえる戦死者と同じ所に祀ったことが私には信じられない。本当に戦死者が神になっているのなら、きっと彼らはつまはじきにされているだろう。

 いや、さらに言いたい。靖国には責任はなかったのか。靖国が戦争遂行の精神的支柱となったことは間違いない。戦争遂行責任者が靖国を利用したのだとしても、靖国にも利用されたものとしての責任の取り方があるのではないのか。しかし、今は宗教法人となった靖国神社からそんな総括は聞いたこともない。だから靖国に平和の祈願のためにいくのだと小泉が言っても信じられないのである。

 安倍政権の誕生がいい機会だ。もう一度、あの戦争はどのように始まりどのように進んでいったのか、日本の当時の立場で総括しよう。侵略された被害者の側とも忌憚なく意見を交換しよう。

 君が代を「世界各国との友好を歌った歌」、日の丸を「平和国家日本の日が昇る」と解釈でき、外国がそれを認めてくれる日を望む。

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コメント

阿部じゃなくて安部総理ですよ。
首相の名前ぐらい正しく覚えてください。

投稿: * | 2006年10月27日 (金) 01時52分

失礼しました。安倍政権ですね。訂正します。

投稿: yossy | 2006年10月27日 (金) 22時54分

靖国神社のことで文句を言ってるのは韓国と中国だけです。

中国も歴史を暴かれておとなしくなってますが。

その1つがこれですよ。
http://dem-519.at.webry.info/200610/article_8.html
ここでは2つのFLASHムービーを紹介しています、立証データに一致していました。

投稿: 西牙 | 2006年11月 7日 (火) 11時41分

 文句を言っているのは誰かなどという話をしているのではありません。日本人の一人として靖国のあり方に疑問を持っています。

投稿: yossy | 2006年11月 7日 (火) 18時42分

僕も靖国神社の人選には疑問を持っています おそらく昭和天皇もそうでしょう

投稿: 悩める浩 | 2006年11月14日 (火) 06時26分

yossy さんのブログを読んでいると、二ヶ月前までの私にかなり近いことが分かりました。日本を嫌いなわけではないが、嫌いな部分がある。そして、あなたの主張には朝日新聞や日教組、創価学会などに見られる反日的思考が所々に現れている。

首相が国益を犯してまで靖国参拝は納得できない
日本が侵略行為をして
国民をだまして無謀な戦争を引き起こし、・・・・
旧日本国政府と軍部に問題があったと(これは変わりません)
安易に靖国反対の立場でした。君が代嫌い(歌えません)
朝日の影響か? それとも日教組? 日の丸も好きじゃない 
って感じの私でした。あなたに、そっくりでしょ(笑)

>小泉政権がぶちこわした中韓との関係
なぜ、中韓だけが靖国に参拝すると壊れるのか?
また、現在進行形で極悪非道な中国と、現在進行形で武力で竹島を占領する韓国が、60年戦争なく国際貢献をする日本を非難できる立場でしょうか?
それに、経済だけの為に、参拝をするなと?
あなたの言われる通りに無謀な国策で散った若い命に、日本国首相が哀悼の意を捧げることが、軍国に戻る第一歩だと本気で考えているのでしょうか?
【参考】
★台湾 李登輝 前台湾総統
・靖国 →参拝せよ。
・植民地統治 →台湾を発展させた。
・日本の常任理事国入り →当然。
産経新聞
ttp://www.sankei.co.jp/news/050806/sei037.htm

2005年7月10日には、同じく日本が統治したソロモン諸島の
ケマケザ首相は以下のように述べて靖国神社を参拝した。
「日本とソロモン諸島の共通の文化は先祖に感謝すること。
 英霊が祭られている場所を拝見したい」
 (2005年7月12日 東京朝刊)
ちなみに靖国神社へ公式参拝をした国はインドネシア・スリランカ・タイ・
インド・ドイツ・スイス・フィンランド・ポーランド・ルーマニア・ロシア・
フランス・イタリア・リトアニア・スロベニア・エジプト・チリ・ブラジル・
イスラエル・トルコ・アメリカ・オーストラリア・アルゼンチン・トンガ・
スペイン・ペルー・ベトナム・カンボジア・シンガポール・台湾・パラオ等、
第二次大戦の『戦勝国も敗戦国も両方含んだ世界中の国々』。
そして靖国神社参拝に因縁をつける国は『中国と南北朝鮮だけ』である。


>日本は強盗を働いたが、
強盗を働いたとは植民地政策のことでしょうか?
欧米の植民地政策=一方的な搾取
日本の植民地政策=教育、経済の発展、近代化(全て日本の税金で)
『中国と南北朝鮮だけ』が植民地政策に文句を言っている。しかも、嘘が土台。

>侵略された側の視点からやり直す必要があるのと私は思うのだ。
もし、やり直したら、日本が勝ちます。 日本を批判、中国、朝鮮のみ。
他のアジア、日本を賞賛。なぜなら、欧米から開放!
ちなみに、現在アジアで混乱が生じている国々は、日本が開放できなかったイスラム地域。しかし、イスラムも日本支持、多分。

>つまり、当時の日本政府が日本国民に対してとるべき責任である。
同感ですが、どうやって? 
戦後、日本政府は国際貢献で責任を十分果たしているし、平和に貢献。

>靖国に平和の祈願のためにいくのだと小泉が言っても信じられないのである。 
それでは、軍国化の為の参拝だと信じているの?

>あの戦争はどのように始まりどのように進んでいったのか?
アジアが西欧に支配される→日本も開国を迫られる→ロシアが朝鮮(中国領)占領を画策→朝鮮が日本と合併を望む(福沢諭吉などインテリが反対、なぜなら、朝鮮に文化なし、日本のお荷物)→日本とイギリスが参戦→日本が常任理事国入り→日本も植民地を始める(生産的植民地政策)→日本が欧米の脅威となる→アメリカが日本を挑発(物資を止める)→日本が植民地を棄てるか、戦争かの選択→戦争を選択→アジアを占領(アジアで生産的植民地)→敗戦→アジア開放→アジア歓喜→アジア日本に感謝

ちなみに、日本が戦争をせずに、植民地を棄てていたら、日本もいずれ植民地にされたと私は考えます。もちろん、アジアは西欧のものです。アフリカだって未だに植民地でしょう。

>侵略された被害者の側とも忌憚なく意見を交換しよう。
アジアの国々→戦争は60年も前の出来事 
現在のアジアは中国と朝鮮を平和への脅威だと捉えています。
その中国と朝鮮→賠償しろ!

>君が代を「世界各国との友好を歌った歌」、日の丸を「平和国家日本の日が昇る」と解釈でき、外国がそれを認めてくれる日を望む。
すでに、中国、朝鮮以外は日の丸と君が代を平和だと解釈している。なぜなら、戦後の日本を見れば明らか。
それでは、あなたはアメリカ、イギリス、フランスの国歌が平和の歌ではないから、歌うなと?友好を歌った歌ではないから、認めない?

【参考】
★マレーシア マハティール首相
「日本は、軍国主義が非生産的であることを理解し、その高い技術と
 エネルギーを、貧者も金持ちも同じように快適に暮らせる社会の
 建設に注いできた。質を落とすことなくコストを削減することに成功し、
 かつては贅沢品だったものを誰でも利用できるようにしたのは日本人である。
 まさに魔法も使わずに、奇跡とも言える成果を創り出したのだ。(中略)

 東アジア諸国でも立派にやっていけることを証明したのは日本である。
 そして他の東アジア諸国はあえて挑戦し、自分たちも他の世界各国も驚く
 ような成功をとげた。東アジア人は、もはや劣等感にさいなまれることは
 なくなった。いまや日本の、そして自分たちの力を信じているし、実際に
 それを証明してみせた。もし日本なかりせば、世界は全く違う様相を呈して
 いただろう。富める北側はますます富み、貧しい南側はますます貧しく
 なっていたと言っても過言ではない。北側のヨーロッパは、永遠に世界を
 支配したことだろう。」 (欧州・東アジア経済フォーラム 1992年10月14日)

★タイ ククリット・プラモード 元首相
「日本のお陰でアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは
 難産して母体をそこなったが生まれた子供はすくすくと育っている。
 今日、東南アジア諸国民がアメリカやイギリスと対等に話ができるのは
 一体誰のお陰であるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本という
 お母さんがあった為である。
 
 12月8日は我々に、この重大な思想を示してくれたお母さんが一身を
 賭して重大決意された日である。更に8月15日は我々の大切なお母さんが
 病の床に伏した日である。我々この2つの日を忘れてはならない。」
 (12月8日 「サイアム・ラット新聞」)

★ビルマ(ミャンマー) バーモウ初代首相
「歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに
 貢献した国はない。真実のビルマの独立宣言は1948年の1月4日
 ではなく、1943年8月1日に行われたのであって、
 真のビルマ解放者はアトリー率いる労働党政府ではなく、
 東条大将と大日本帝国政府であった」
            (バー・モウ博士著『ビルマの夜明け』より)


★同ビルマ バーモウ首相
「約五十年前ビルマは三回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、
 英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。
 愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、拷問及びしばしば
 死そのものを甘受して突進して来れり、これらの英雄はビルマの
 生存のため苦難を受け遂には斃れたり。

 ビルマ人はアジアを統合せしめアジアを救う指導者を
 待望しつつありしが、ついにこれを大日本帝国に発見せり。

 ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を
 永久に記録せんことを希望するものなり。(独立宣言書より)」

★中国 孫文(中国革命の指導者)
「ベルサイユ講和会議で、日本は五大国の一員として席に着いた。
 日本はアジア問題代弁者だった。他のアジア諸国は、日本をアジアの
 『先頭馬』として認め、その提案に耳を傾けた。白人人種にできることは
 日本人にもできる。人間は肌の色で異なるが知能に違いはない。
 アジアには強い日本があるから、白人人種はアジアのいかなる人種も
 見下すことはできない。日本の台頭は大和民族に権威をもたらした
 だけではなく、アジア全民族の地位を高めた。」(孫文『三民主義』より)

他にも日本を賞賛する文章が多数ありますが、ソースがハッキリしていないので、この辺でストップ。コピペが多くてゴメンなさい。

あなたが靖国に反対する気持ちは分かります。
だから、政府が戦犯を靖国から切り離したら、参拝してください。
ちなみに、私は東京には何度か行ったことがあるのに、参拝しなかったことを後悔しています。

投稿: junk | 2010年2月 2日 (火) 21時36分

junkさん、コメントありがとうございます。
今回のコメントを読んで、残念ながら私の文章をよく理解して頂いていないな、と感じました。また、考え方の違いも明らかになっています。
まず、「首相が国益を犯してまで靖国参拝は納得できない」とは私は思っていません。個人の資格で行くならどうぞ御勝手に、というのが私の考えです。しかし、愚かな戦争に国民を総動員するのに使われた靖国に、「英霊が眠っている」などという浅薄なノスタルジーで参拝する政治家を私は信用しない、といいたいだけなのです。私は当時の若者の「お国を守るため」という痛いほどの心情に涙を流しながら、そういう心情を利用して無為無策にムダに命を散らしていった戦争指導者の愚かさに怒るのです。利用された宗教法人靖国神社の先の大戦に対する総括がないことに怒るのです。私にとってA級戦犯の合祀の問題は別問題です。しかし、中韓が怒るのは心情として理解できます。
次に、「日本の植民地政策=教育、経済の発展、近代化(全て日本の税金で)」これは私の最も嫌いな考え方です。「朝鮮半島の植民地化は朝鮮人のためだった」などというのはウソです。ロシアの脅威からの日本の防衛のため。大陸進出の足がかりにするため。つまり日本のため。これが第一義です。その上で、朝鮮半島のインフラが近代化することは日本にとっても必要なことだったからしたまでで、第一義的に朝鮮人の為だったなどとは全く違う。これは帝国主義の常識です。「ちなみに、日本が戦争をせずに、植民地を棄てていたら、日本もいずれ植民地にされたと私は考えます。」その通りです。日本のためが第一義なのです。それを「してやったんだ」などと考えるのは、日本の美意識に反すると思います。恥ずかしいです。当時の帝国主義的な発想から言えば、日本はそれほどおかしなことをしたわけではないと思います。しかしそれは「支配する側の論理」です。「支配される側の論理」は「当然だった」「しかたがなかった」では済みません。恨んで当たり前でしょう。帝国主義が否定される現代にあってはなおさらです。それを恩着せがましく「近代化してやったんだ」などといえば怒るのは当たり前です。
「日本を批判、中国、朝鮮のみ。他のアジア、日本を賞賛。なぜなら、欧米から開放!」これは甘いです。日本がアジアの国として欧米に抗したことは確かに評価されていますが、欧米に代わってアジアを支配したことは評価されていませんよ。例えばビルマは日本と共闘してイギリスからの独立を勝ち取りましたが、その後抗日戦争をしています。朝鮮に日本と併合したい人たちもいましたが、したくない人たちが抵抗したのも事実です。だから朝鮮総督府は「三・一独立運動」までは警戒心するあまりに武断統治を行っていました。歴史のいいとこ取りではいけません。
私は、右翼でも左翼でもありません。一つの考え方に凝り固まっているつもりもありません。だからこそ「日本は間違ってない」「日本は素晴らしい」「韓国と中国はとんでもない」逆に「戦前の日本はすべて間違っていた」などという凝り固まった考え方ではダメだと思うのです。歴史を探求する者はそうであってはならない。戦争と植民地の歴史を考察するなら、当時の状況から鑑みてどうだったのか、今の状況から顧みてそれをどう総括するのか、支配された側から見てどうだったのか、日本国民の側から見てどうなのか、為政者から見てどうなのか、などという複眼的な眼で総括し、出た結論を現代の発展に生かしていかなければなりません。
先の大戦を美化する人は「日本」を一つの人格のように考える傾向があります。しかし戦争を遂行した指導者もいたし、本気で「神国日本」と思っていた人もいたし、戦争で一儲けしようとしていた人もいたし、戦争に反対していた人もいたわけです。戦争なんかどうでもいいから我が子に無事に帰ってきて欲しかった母もいたわけです。それをひとくくりに「日本」とすること自体に無理があるのです。同じく「韓国」「中国」と一括りに論じられないことも多いのです。

投稿: yossy | 2010年2月 2日 (火) 22時58分

>靖国が利用された
利用されましたが、現状では靖国が唯一の参拝場所です。戦争で友を子を親を亡くした親族が参拝する場所なのです。ノスタルジーかもしれません。しかし、参拝する唯一の場所なのです。

>日本第一
もちろんです。ロシアと戦うために朝鮮を併合した。朝鮮がロシアに対抗できれば、違った歴史になったでしょう。残念ながら、中国の属国であった朝鮮には力がなかったし、中国もイギリスに侵略されていた。ここが歴史の転換期です。朝鮮が占領されるか、日本が変わりに戦うかの選択です。ここで朝鮮がロシアを選んだら、朝鮮はロシア連邦に取り組まれたままかもしれませんし、また、朝鮮半島が日本とロシアの戦場になったでしょう。強制的に選択を迫られた朝鮮の偉いさんは、ロシアより日本を選び発展した。日本が朝鮮半島を発展させたのは、日本の為です。朝鮮が発展すれば、ロシアに対抗できるからです。大学を作り、病院を作り、鉄道を引き、教育をしたのも日本の為かもしれませんが、朝鮮の為でもあったはずです。
(余談ですが、韓国の教科書には日本が朝鮮を破壊し、文字を奪い、文化を全て奪ったと書かれていますが、実際は発展させ、日本がハングルを広めました。日本が作ったハングル語教科書が現存します)

>大陸進出の足がかりにするため
日本が大陸に進出したのも、ロシア、イギリスが大陸を支配しつつあったからです。日本の脅威となるからです。

>恨んで当たり前でしょう。
そうかもしれません。では、インドは今でも韓国のようにイギリスを恨んでますか?
では、なぜ、韓国は中国を恨まないのですか?何百年も支配され、搾取され続けていたのに。なぜ、中国はイギリスを恨まないのでしょうか?なぜ、中国はイギリスに賠償を求めないのでしょうか?なぜ、他のアジアは日本を恨まないのでしょうか?
違いは言論の自由と教育です。あなたは韓国の歴史教科書を見たことがありますか?教師として、韓国のように賠償がすんでいるのに支配した国を憎むように子供を洗脳することが正しいことだと考えているのでしょうか?
タイで日韓バレーボールの試合があると、なぜタイは日本を応援するのですか?
なぜ、インドネシアは慰安婦への保証金を受け取らないのですか?

>歴史のいいとこ取りではいけません。
もちろんですが、あなたも日本の悪いとこ取りです。なぜ、ビルマの抗日を出して、ビルマのその後を書かないのですか?

>支配する側の論理とされる側
中国に支配されていた朝鮮は世界最貧国でした。搾取され続けてきたのだから当然です。ロシアに支配されたら、発展したでしょうか?そうは思えません。しかし、日本に支配され発展した。これは事実です。朝鮮は支配される側ですから、選択肢も誰に支配されるかしかなかった。しかし、日本以外に植民地を発展させた国がありますか?イギリスの為にイギリスの税金を使いインドは発展しましたか?日本は支配する側でしたが、一番善良な支配の仕方だったはずです。何しろ、日本は朝鮮から搾取しなかったのです。

>朝鮮に日本と併合したい人たちもいましたが、したくない人たちが抵抗したのも事実です。
もちろんです。では、韓国人の何割が抵抗運動に参加したのですか?抵抗したのは、中国支配で潤っていた一部の人のみじゃないですか?韓国のウソの歴史から見れば、何十万人も抵抗で日本に殺されたとされていますけどね。

>「近代化してやったんだ」などといえば怒るのは当たり前です。
日本政府は一度もそんな態度を取ったことはありません。
私の文章がそうとられるなら、謝ります。しかし、私もアジアの人にそんなことは言いませんし、そんな態度をとったこともありません。
ただ、韓国については謝りません。なぜなら、日本が近代化を助けたことを韓国は隠しつづけています。また、日本の為に働いた韓国人や、日本を賞賛するだけで逮捕する韓国政府には・・・・止めときます。

>欧米に代わってアジアを支配したことは評価されていませんよ。
韓国と中国は評価しませんが、他はしてます。断言します。
あなたが指摘したビルマですが、抗日戦争(1945)後に再びイギリスの植民地になります。先にコピペしたのを見直してください。
【参考】ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を 永久に記録せんことを希望するものなり。(独立宣言書より)」 これは1948年のものです。
支配される側が悪い国よりも良い国に支配されたら、喜びませんか?
本当はアジアが自力で独立できれば(欧米さえこなければ)良かったのですが、それでも日本が支配したアジアはどこも発展しました。例外もあります。戦後アメリカに支配されたフィリピンなど再度植民地かされた国と日本統治に抵抗したミャンマーです。

【参考】
★台湾 李登輝 前台湾総統
李氏は日本統治時代の台湾で生まれ育ったが、日本の台湾統治について 「日本統治は台湾にとって大きな転換期。日本が残した教育と人材は、戦後の台湾工業化の基礎になった」と高く評価した。
産経新聞
ttp://www.sankei.co.jp/news/050806/sei037.htm

インドネシアの独立宣言文を起草したスカルノ大統領、ハッタ副大統領は
“独立を宣言をしたその日付”を1945年という西暦ではなく、
「日本の協力なしには独立できなかった」という感謝の念を込めて“17805”
(=17日/8月/05年)つまり2605年という皇紀で記したのである。

「日本はインドネシア語の公用語を徹底して推進し、インドネシア国民としての連帯感を人々に植え付け、広域の大衆をインドネシアという国家の国民として組織した。とくに若者に民族意識を植え付け、革命の 戦闘的情緒と雰囲気を盛り上げた。
またPETA(ペタ)の革命における意義は大きく、これなくしてインドネシア革命はあり得なかった。」
            (ジョージ・カナヘレ『日本軍とインドネシア独立』)

ちなみに戦後世代の日本人にとって1941年の12月は“戦争を始めた日”として陰鬱な印象を持たされているが、50年後の1991年12月、マレーシアのコタバルを首都とするケランタン州政府は、『日本軍の上陸50周年を祝って』 特別式典を開催し、さらに戦争博物館を設立している。

これでも評価されていませんか?

>「戦前の日本はすべて間違っていた」などという凝り固まった考え方ではダメだと思うのです。
あなたの意見を読むと、限りなく旧日本を一方的に否定してるように見えます。

>支配された側から見てどうだったのか
あなたの立場はウソの歴史を教える中国と朝鮮からしか見ていません。
逆にパラオと台湾(親日ですね)やタイ、インドネシア、マレーシア、などの東南アジア(中立?いや親日)などからも見てください。本当の歴史を教えている国から、見てください。

私も先の大戦を美化しているわけじゃないですよ。戦争は駄目です。また、日本が負けて良かったと思ってます。軍国主義、冗談じゃないですよ。戦争反対ですよ。出来れば、鎖国のままでも良かったと考えています。
しかし、戦争は避けられなかった。そして軍国化したのは失敗だったと思いますが、アジアを考えると正解だったかもしれません。
【参考】
★イギリス 歴史学者 H・G・ウェルズ
「この大戦は植民地主義に終止符を打ち、
 白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。」

★イギリス マウントバッテン大将(イギリス軍・東南アジア総司令部司令官)
「かつて不敗を誇った日本軍も半年の死闘に衣服や靴もボロボロとなり、ささえるものは不屈の精神力だけであった。日本軍はインパールにおいて、ついに敗れたが、そこには何かが残った。それは歴史学の権威トインビーが いみじくも喝破したとおりである。すなわち『もし、日本について、神が使命を与えたものだったら、それは強権をわがもの顔の西欧人を、アジアのその地位から追い落とすことにあったのだ』」
           (ルイス・マウントバッテン『ビルマ戦線の大逆襲』)

>君が代や日の丸を平和と解釈でき、外国が・・・・
外国とは朝鮮と中国だけですか?平和とは無縁の中国と洗脳教育をする韓国を指しているのですか?その二つの国が認めてくれる日をあなたは待っているのですか?
日本が滅びるか、中国の属国になるまで、奴らは認めませんよ。そんな日が訪れないように私は祈ります。

yossyさんのコメントに我慢出来ないことが一つあります。それは田母神俊雄 のページに書かれている『日本人を無駄死にさせた』です。(田母神や軍部を擁護するつもりではありません)日本軍部の史上最低の作戦で、散っていった命の責任を追及するために使われた言葉ですが、言いたいことは分かりますし、軍部を非難するために使われたと思いますが、死者を擁護するようで冒涜する言葉です。結果論ですが、彼等の命なくしてアジアの開放は無かったのです。決して無駄ではなかったのです。

投稿: junk | 2010年2月 3日 (水) 23時16分

>しかし、参拝する唯一の場所なのです。

私は宗教法人靖国神社は戦没者供養のために参拝するのにふさわしい場所だと思いません。理由は本文でも先にも述べました。junkさんの言うように「唯一の場所」だとすると戦没者供養にふさわしい場所は日本にはないということになります。

>では、インドは今でも韓国のようにイギリスを恨んでますか?では、なぜ、韓国は中国を恨まないのですか?何百年も支配され、搾取され続けていたのに。なぜ、中国はイギリスを恨まないのでしょうか?なぜ、中国はイギリスに賠償を求めないのでしょうか?

ここまで書かれて、日本に何か原因があるとはお思いになられませんか?

>あなたも日本の悪いとこ取りです。

悪いとこ取りではなく、良いところも悪いところもどちらも事実として把握して、現在どうあるべきか考えようとしています。良いとこ取りの方から見れば、悪いとこ取りに見えるかもしれませんが。

>日本は支配する側でしたが、一番善良な支配の仕方だったはずです。何しろ、日本は朝鮮から搾取しなかったのです。

それが真実なら恨まれることはなかったはずです。もしそれが事実であったとしても、こういう恩着せがましい言い方が、朝鮮の人の癇に障るのではないかと私は言っているのです。反対を押し切って無理矢理支配したことには変わりはありません。

>抵抗したのは、中国支配で潤っていた一部の人のみじゃないですか?

これは事実誤認です。よくお調べ下さい。支配される民族にとって民族の独立は、経済的に潤うかどうかとは別の問題として常に存在し続けます。それが民族自決というものです。

>ただ、韓国については謝りません。なぜなら、日本が近代化を助けたことを韓国は隠しつづけています。また、日本の為に働いた韓国人や、日本を賞賛するだけで逮捕する韓国政府には・・・・

なぜ韓国に対してだけ感情的になられるのか、理解に苦しみます。韓国の方々が感情的になられるのは理解できますが。

>日本統治に抵抗したミャンマーです。

ミャンマーはビルマです。先のお話との整合性が保てません。

>これでも評価されていませんか?
なるほど面白い文献です。全文を見たいので教えて頂けませんか?

>あなたの意見を読むと、限りなく旧日本を一方的に否定してるように見えます。

それはjunkさんが、日本を強く擁護したいという立場でおられるからではないでしょうか。私は複眼的な視点を持つことを提唱しています。その上で、日本人として靖国の戦争責任を問うべきだと考え、この文章をしたためたのです。

>私も先の大戦を美化しているわけじゃないですよ。戦争は駄目です。また、日本が負けて良かったと思ってます。軍国主義、冗談じゃないですよ。戦争反対ですよ。

これがうかがえてよかったです。

>死者を擁護するようで冒涜する言葉です。結果論ですが、彼等の命なくしてアジアの開放は無かったのです。決して無駄ではなかったのです。

そう思いたい気持ちはわからないではないです。国の為を思って命を投げ出した若者が無駄死にだったなんて思いたくありませんよね。私もそうです。
無能な軍部が無能な作戦で、散らなくてもよい命を散らした。非戦闘員まで巻き添えにした。私はそれが許せないのです。その罪を綺麗事ですましたくないのです。だからそういう視点を持てない人のためにそういう過激な言葉をあえて使ったのです。

投稿: yossy | 2010年2月 4日 (木) 22時14分

yossy さんに聞きたいのですが、もし、日本がハルノートの条件を飲み、満州から日本兵と憲兵と警察組織が引き揚げて、戦争を避けたとして、その後、満州は白人に取られたとして、戦争を回避するために朝鮮からも日本が撤退したとして、その後、朝鮮はロシアの植民地になったとして、それでも戦争を回避するために、アメリカやロシアなんかの白人が要求するがままに、日本が要求を飲み続けたら、日本はどうなったと考えてるんですか?

戦争を回避し続けたとして、いじめられるがままに日本が他アジア諸国のように欧米の植民地になれば良かったと考えているのですか?

yossyさんは侵略戦争と言われますが、侵略してきた欧米に対する自衛の戦争ではないですか?戦場はもちろんアジアです。しかしアジアの中でも自主独立であったタイ国には日本は進行していません。アジアでありながら欧米の植民地には進行しましたけど、これが侵略なのですか? 欧米に対抗するためにアジアで戦争をしたことが侵略戦争なのですか?

あなたの言われるように「すべきでなかった戦争」を本当にしなかったら、yossyさんはアジアは今より良かったと考えているのですか? どこの国が欧米と戦えば良かったのですか?
yossyさんが正しかったとして、日本が戦争をしなかった世界(あなたの理想が叶ったとして)を教えてください。

投稿: junk | 2012年2月 7日 (火) 15時59分

junkさん。お久しぶりです。コメントありがとうございます。
すでに、ご存知かと思いますが、私は戦後民主主義的な単純平和主義ではありません。その上で思う所をお話しします。
ご質問の趣旨は、帝国主義が横行していた20世紀前半の世界の中で、他の帝国主義国に譲歩妥協していたらいったいどうなったと思うのか、ということかと思います。本文にも述べましたが、私は欧米列強が日本に責任を問うのはナンセンスだと思います。ですから、日本が自衛的に行なった措置についてやむを得ないことはあったと考えます。もっともすべてが自衛的であったとは思いませんが。
日本政府が責任を取らなければならないのはむしろ、日本国民に対してです。日本政府は国民を大本営発表等によるウソや靖国による精神総動員までして扇動しました。かつて私は、飛行機を竹槍で落とすよう指導された人の体験を聞きました。中国戦線で死んだ仲間の肉を喰らいながら生き延びた下士官の話も聞きました。確かにいざ戦争となれば一国挙げて行なうのが当時の常識だったでしょう。しかし、なぜ極限状態を長期に渡って国民に強いたのか。しかも勝つことができなかった。いやそもそも勝てないであろうことは、早い段階で分かっていたはずです。それなら和睦等の打つべき手を打って国民の犠牲を最小限にするべきだったはずです。国民を扇動しておきながら負けた責任、犠牲を拡大した責任、この戦争責任は国民にしか問えません。

もう一つの視点は、「被害者の視点」です。
私は、満州国の「五族協和」のスローガンもそれを信じた人々にとって真実であったと思います。私の祖父もスローガンを信じて満州に渡った一人です。刑務官として満州国初の日本人作業部長を務めました。肉体的刑罰中心の満州の監獄に最新の矯正思想を広げようと努力しました。結核に罹患して志し半ばに帰国しましたが。「大東亜共栄圏」の美名もそれをしんじた人々にとって真実だったでしょう。しかし、そうした美名の裏で、貧しくても平穏な日々を暮らしていた現地の住民が犠牲になっていた事実を忘れてはなりません。
日本が他の帝国主義諸国に対抗するために取ったやむを得ない措置であったとしても、
そこにいかなる理想があったとしても、
そうした日本と手を結んでいた現地勢力があったとしても、
未開の地に近代を持ち込んでなにがしかの経済発展を達成していたとしても、

日本の都合で行なった戦争の犠牲になった方々に対する責任は日本にある、と私は考えます。

戦争はない方がいいに決まっています。あれほどの悲劇を体験した日本人の言動のなかに戦争に対するノスタルジーを感じるとき、私は「じゃあまずお前が行って来いよ」といいたくなる気持ちを抑えられません。
大切なことは
日本が二度と戦争を起こさないこと。
他国が起こそうとすれば起きないように働きかけること。
起こってしまえば早期にやめさせる努力をすること。
終わったら、被害者のケアに全力を注ぐこと。
日本がそういう積極的な平和国家になることを私は祈っています。

投稿: yossy | 2012年2月 9日 (木) 18時18分

日本人に対する戦争責任

Yossyさんの言われる戦争責任とは「賠償をせよ」と言うことでしょうか? 多分、違いますよね。Yossy さんの言われる戦争責任とは何をすることなのかが分かりませんが、私には日本国政府(自民、民主共に)は継続して国民に対して、真摯に平和国家であり続けていると思います。積極的な平和国家とまでは言いませんが、専守防衛(これに関しては、私は朝鮮半島、中国が反日国家であり続ける限り、変えるべきだと思います。綺麗ごとのように専守防衛の理念だけでは日本国民を守れない時がくるかもしれないからです。が、ここではちょっと保留)に徹しています。日本が積極的にどこかを攻撃することは現状ではありえないことを考えると、国民に対する戦争責任は果たしていると考えています。

被害者の視点

これに関して言えば、yossyさんの言われることに同意します。が、これについても日本国は真摯に責任を果たしたと考えています。一番の被害者である中国はもちろん、戦場になってしまったアジア、日本に併合されて発展した朝鮮(戦争は無かったから、賠償責任は生じない)まで、すべての国に賠償をしました。もちろん、賠償で全て無かったことにはなりませんが、責任と言う意味では果たしたと考えています。ですが、未だに中国、朝鮮が反日国家であり続けていますが、これは日本から得た賠償金を国民にひた隠しにしてきた中国と朝鮮の方針です。ですから、反日国家が未だに存在するから日本が戦争責任を果たしていないとするのには同意しかねます。被害者に直接日本が賠償金を支払えば少しは変わっていたと思いますが、これは反日国家が反対した為に行えませんでした。ですから、yossyさんの言われる「被害者の視点からの戦争責任」とは何を指しているのか、分かりません。

そして、『「君が代を「世界各国との友好を歌った歌」、日の丸を「平和国家日本の日が昇る」と解釈でき、外国がそれを認めてくれる日を望む。」は、私も同意しますが、今まで以上に、朝鮮、中国へのODAを支払うことには反対です。反日国家である中国と朝鮮に、日本を好きになってもらいたいのは、私も同じです。しかし、いくら援助をしても賠償をしても、国民に真実を話さない国家に援助をしても無駄です。昨今、慰安婦問題を朝鮮が取り上げますが、これは南朝鮮政府が慰安婦に対して支払うべき責任を回避し続けて、経済成長を優先して南朝鮮政府の方針です。

私は反日国家国民に日本を認めてもらうには、真実を話すことが日本の責任だと考えています。日本が賠償をしたこと。日本が何度も謝罪したこと。日本がODAを含め、未だに援助をしていること。などです。

>もう一度、あの戦争はどのように始まりどのように進んでいったのか、日本の当時の立場で総括しよう。侵略された被害者の側とも忌憚なく意見を交換しよう。

これにも同意します。が、反日国家である中国、朝鮮には不可能なことです。彼らが教わる歴史とは、中国近代史は歴史+政治、朝鮮の全歴史は願望+ファンタジーです。簡単に言えば、yossyさんも知っているでしょうけど、日本は領土的野心から戦争を起こしたとしか習いません。朝鮮に関して言えば、世界史などは一切習いませんから、西洋列強の植民地支配なども知りませんし、朝鮮が中国の属国であったことも知りません。ですから、下関条約も知りません。ロシアが朝鮮半島を支配しようしたことも知りません。日本が朝鮮半島を発展させたことも知りませんし、逆に朝鮮半島の文化を破壊したことになっています。ですので、被害者と意見を交換することは、中国、朝鮮にとってはもっての他なのです。やってはいけないことなのです。また、あの戦争がどうのように始まったのかを総括した映画を日本国民が創った時、反日国家は上映禁止にするように圧力をかけました。彼らにとって不都合な真実が描かれているからです。ですので、yossyさんの言われる「被害者と意見を交換する」ことは、反日国家が圧力をかけ、一方的に被害者の刷り込まれた被害者意識だけを聞くことになり日本の主張は一切言えない意見交換会になるか、いくら意見を交換して誤解を解いても発表されることがない交換会になります。

靖国の戦争責任

首相が靖国に参拝することが、平和の祈願のためにいくと信じられないyossyさんに言いたいんですが、国家の為に死んだ人を(騙されたとしても)参拝することは駄目なことでしょうか?彼らは靖国で合おうと言って死んでいった(騙されたとしても)。その人達に敬意を払うことは日本国総理大臣の立場では出来ないのでしょうか?東郷が祭られているから(私は東郷を戦犯だとは考えていませんが、民間人を虐殺した無名の日本兵は犯罪者だと考えています。しかし、彼らがいるから、参拝するなとは思いません)他の兵士の為に謝罪することも出来ないのでしょうか?靖国だけが特別に変なのですか?原爆を落とせと命令したトルーマンだって天国にいます。キリスト教徒に戦争犯罪者が天国にいるから、教会にいくななんて言えますか?

私が考える靖国神社の責任とは、未来永劫、靖国が靖国であり続けることが責任だと考えています。(騙されたとしても)靖国で合うといって死んでいった人達が集う場所を移転、もしくは無くすことは、赦されないと思います。どれだけ日本国が貧しくなろうとも、原発事故で東京が放射能塗れになろうとも、靖国神社の神官は靖国を守り続ける義務こそが責任だと考えています。

誤解があっては困りますからあえて言いますが、私の思考は戦争賛美ではありません。しかし、西欧列強に有色人種が同等の人間であると認めさせたこと、日本を含む植民地支配が終止符を迎えたことは良かったと考えています。

最後に、私ごとですが、私のことを話して終わります。私の尊敬していた先生は授業のなかで反戦ソングを歌う人で、広島、長崎のことを話してくれました。その人の影響だけではないのですが、その先生も君が代反対だったと思います。ですが、現在、その先生を昔のように尊敬できるのかと言えば、やっぱり好きですが、昔のようには尊敬は出来ないと思います(先生の思考がそのままだっとして)。その先生だけの影響ではなく、親や新聞の影響で私は日本が嫌いでした。そして何年か外国で生活をしてましたが、はっきり言って未だに外国の方が私にはあっています。しかし、ここ何年も日本で生活してネットで情報を集めるうちに、私が嫌っていた日本の自虐史観の部分は取り除くことに成功しました。そうすると、なぜ、東京に行ったときに靖国参拝しなかったのか、なぜ、私は国歌を歌えないのか、と、色々と後悔することが出てきました。今現在、昔を振り返り思うことは、先生が反戦ソングを授業中に歌うことに反対もしませんが、同時に君が代や靖国対する敬意も教えてくれたら良かったのにと思います。

Yossyさんに言いたいことは、靖国を批判することは間違ってない思います。また、被害者の視点で考えることも、日本を批判することも間違った事ではないと思います。しかし同時に、靖国や国家、国旗、国歌に対しての敬意を払って欲しいと願っています。Yossyさんが一般人なら、私もこんなこと言いません。しかし、yossyさんは先生です。Yoosyさんを好きな生徒も多いと思います。若い生徒にyossyさんの思考は大きな影響を及ぼすと思います。ですから、偏った思想だけを教師が持つことはyossyさんを慕う生徒に偏った思想を植え付けることになる。Yossyさん君が代反対で起立しないかどうかは分かりませんが、君が代が嫌いでも嫌いと公言しながら、君が代を歌い起立して欲しいんです。教師がそうするこで、生徒も学ぶことが多いはずです。

とても長くなりましたが、最後の最後にもう一つ付け加えたいことがあります。私はインドネシアが好きで長期滞在をしてた時のことです。私とバリ人の友人と英語で話をしてた時、一人の老人が「さくらさくら」を歌いながら私に近寄ってきて、昔、日本人に教わったとバリ語で話しかけてきました。いまでに幾つかの日本語と歌を覚えているよと・・・。その当時自虐史観しかなかった私は、なんて言えばいいのか分かりませんでした。ですから、バリにも日本が侵攻してたんだね・・・・と英語でいい、それ以上何も話せませんでした。しかし、今思えば、老人は笑顔で話しかけてきた。インドネシアが親日国であると知った今、もっと色々な話が聞けたのに、老人はただ、日本人と話したかっただけじゃないのかと思えて仕方ありません。インドネシアには3回の旅行で6カ月過ごしましたが、一度として、反日的行為を受けたことはありません。日本人が一人もいないであろう島、白人すらもほとんどいない島、外国人が初めて訪れた小さな山奥の村、色々なとこに行きました。しかし、一度も日本に対する恨みを感じたことはありません。むしろ、好意的でした。あの当時、自虐史観が無かったらもっと色々と話が出来たのにと思えるんです。

だからと言って、大日本帝国の栄光の歴史だけを植え付けられていたら、私はもっと傲慢な振る舞いをしたかもしれません。ですから、バランス良く歴史を習っていればもっと色々な体験ができ、もっと色々な話ができたと思うんです。

日本について色々と何十カ国の人に聞かれた時、日本を好きでなかった若かった私はあまり答えられませんでした。宗教観について聞かれた時も、答えられませんでした。原因は日本を好きでなかったから、日本について知ろうとしなかったからだと思います。日本について自信がなかったことも原因です。

自虐史観以外に日本近代史を学びなおした時、初めて日本が好きだと堂々と言えるようになりました。自虐史観も大事なことです。反省も必要です。ただ、それだけだと外国人に対して委縮してしまうと実感しました。

投稿: junk | 2012年2月11日 (土) 16時02分

junkさん、ありがとうございます。
はじめに
私は、卒業式の際に座ったりしません。私は旗にも歌にも何の罪もないと思います。日の丸や君が代が明確に侵略を訴えた旗や歌ならいざ知らず、そうでない限り、罪は当時の帝国主義日本国のあり方にあると思います。今の子どもたちにとっては、日の丸が平和の旗であり君が代が平和の歌でなければならないと思っていますので、私は敬意を表したいと思っています。
国旗国歌に対する共産系組合のあり方については、私には体験に根ざした批判があります。彼らは、「在日の子どもたちがどんな気持ちがするか」と子どもを楯に取りながら、「式次第に乗せないなら妥協する」とか「教頭がテープのスイッチを押すだけならいい」とか「小さな日の丸ならオッケー」と決着し、「闘争に一定の成果がありました」と総括するのです。彼らの「在日の生徒云々」の主張が本当なら何にも解決できていないはずなのに、議論を終えてしまう。これは教育の仮面をかぶった政治です。この欺瞞を見て私は組合を辞めたのです。つきあいで加入した組合でしたが、我慢できなかったのです。今、教員の組合加入率がどんどん下がっているのは、そのあたりも大きな原因なのだと思います。

さて、junkさんと私の最大の違いは靖国の評価ですね。
私は、国民皆が祈ったのに結局負け戦となったということが、日本の神道の宗教としての限界を表わしていると思っています。神社に祈ることは気休めでしかないということが証明されてしまったのです。ましてや私は、靖国は単なる国民精神総動員のために国が利用した道具としてしか見ていません。宗教的精神的な価値を認めていないのです。また、伊勢神宮や村々の神社には文化財的、歴史的な価値もあるでしょうが、国が政略的に作った靖国や明治神宮にさほどの価値があるとも思っていません。
靖国を参拝することが戦没者に敬意をはらうことだと考えることができるのは、靖国を信じている方々、少なくともなにがしかの評価をしている方々です。私などは全くそうは思わないのです。私は私の祖父を私のやり方で供養していますし、軍人だけではなくすべての戦争被害者にたいする祈りも原爆被害者に対する祈りも、私の信じるやり方で行なっています。靖国を信じたい信仰したい方々がおられることは理解できますし、そういう方が参拝されることは御勝手に、です。
ただし、首相がそれをするとなれば話は別です。本来、憲法の政教分離の原則は靖国に代表される国家神道に対する反省から規定されたわけですから、これに反しないようにすべきことは当然です。ですから個人の感情としては、日本国を代表する首相に靖国に行って欲しくはありません。しかし、どうしても個人として行くというならしかたありません。どうぞ御勝手にです。その意味から自民党政権の各首相が行なってきた靖国参拝は限界ぎりぎりです。玉串料の公金支出や公用車使用はダメだと思います(SPはかってについてくるものなのでしかたがないと思います)。靖国に合祀する戦没者の名簿を厚生省が提供していたということですが、政教一致もはなはだしい。許せません。
石原慎太郎などは、私のような考え方の人間を非国民だといわんばかりの勢いですが、政教分離の原則の最大の目的は信教の自由の保障です。政治家が「日本人なら靖国に参拝すべし」などというのは、日本人に宗教の多様性を認める憲法の理念に完全に反します。私が石原を嫌うのは、政治的手腕とは別のそういう凝り固まった傲慢な部分です。
ただ、勘違いしてはならないのは、国民レベルで靖国の評価について議論するのは、憲法に保障された信教の自由の範疇だということです。だからこそjunkさんとこのような議論ができるのです。

私は日本国の教育者として、日本国憲法の理念を教育に生かすことに躊躇しません。憲法前文の
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」は日本国が積極的に世界平和を創造するという決意だと思っています。戦後民主主義にどっぷり浸かった人々は、日本を戦争と無関係な場所に置いておくことが平和主義だと思っている節がありますが、憲法の理念に反すると思います。
私はこれからも、日本国憲法に偏って教育を行ないたいと思います。それが日本の教育者のあるべき姿ではないでしょうか。

投稿: yossy | 2012年2月11日 (土) 22時10分

>自民党政権の各首相が行なってきた靖国参拝は限界ぎりぎりです。玉串料の公金支出や公用車使用はダメだと思います(SPはかってについてくるものなのでしかたがないと思います)。

私もそう思います。

yossyさんは首相が靖国に参拝するのには抵抗感があるけど、公金が支出されない限りOKだと分かりました。政教分離に基づいていれば、OKだと。

では首相が教会に行くのはどうですか?クリスマスのイベントなんかで行った場合、気分を害しますか?禅をしに寺に行くことにも抵抗感を持ちますか?

私はyossyさんが言われるように公金が支出されたり、与党がキリスト教に支配されりするのには反対です。

ですが、首相が教会に行こうが、靖国に行こうが、寺であろうと、行けば良いと考えています。

しかし、前にも述べましたが公明党のような政党には危機感を持っています。ただ、yossyさんによると公明党は政教分離には違反していないとのことですよね。それでも何か不安なんです。

ただ、最近の公明党を見ていると、結構まともなことを言ってるし、民主党になびいて与党になるかと考えていましたが、野党で頑張っている姿を見ると、公明党もありかな?と考えるようになってきました。

投稿: junk | 2012年2月14日 (火) 19時13分

junkさん。お返事遅れましてすみません。
私のなかで嫌いな宗教があるとすれば、それは先の大戦への協力を総括していない宗教です。
戦争に協力しただけでなく、教義を曲げて国家神道を認め、戦勝祈願をしたくせに結局敗戦させた。当時の宗教のていたらくはほとんどがそんなものです。信念の片鱗も感じられない。信念で協力したのなら敗戦とともに解散してもらいたいくらいです。信念を貫いたのは、横浜ホーリネス教会や京都の本能寺、ひとのみち教団(現在のPL教団)、創価教育学会(現在の創価学会)くらいです。しかし、浄土真宗の中にも当時の事を振り返って自分たちはどうあるべきだったのか、を振り返る運動は存在します。そうした人たちの行動には信用できる何かがあるように思えます。私の宗教の見方はシビアなのです。想像や憶測なんかで評価したくないのです。歴史のなかで果たした役割できちっと評価したいのです。
そのような宗教は嫌いです。しかし、そういう宗教を選ぶ権利もすべての人にあるわけです。もっとも私にも嫌悪感を表明し「あんな宗教はやめたほうがいい」と話したり説得したりする権利はありますので、知り合いがおかしな宗教に巻き込まれたらそうします。「おかしな宗教」の判断基準は、多くの方々とは違うようですが。
また、現代の民主主義は少なからずキリスト教的な人間観に立っているということも事実です。私はキリスト教的であろうが仏教的であろうが、国民にとってよい政策ならオッケーです。
私は公明党に何の危機感も感じません。最近調べてきて分かってきたことは、「公明党と創価学会の政教一致は問題だ」と言う輩は、学問的な成果を背景に言っているのではなく、公明党が邪魔だから言っているのです。
いわゆる言論出版妨害事件の直前には公明党が第3党になりました。あの時一番攻撃的だったのは、公明党に抜かれた民社党と共産党でした。非自民の細川連立政権の時の騒ぎが自民の政権奪回のためであったことは、自社さ連立政権が「四月会」(死学会)内閣と呼ばれていたことからも明確です。自公政権に対する野党時代の民主党にも同様の批判がありました。すべてに共通しているのは、公明党と協力関係になったら息を潜めるということです。所詮は信念も確信もないご都合主義なのです。そんな連中のいうことを真面目に聞いていたら損をすると思います。
むしろ、公明党を他の党と同じように、政策と実行力の視点からそのまま評価することが日本の政治の理解には欠かせないという思いをずっと持ってきました。いわゆる「政教一致」批判は、憲法的にナンセンスなだけでなく、多くの国民が日本の政治の一部をタブー視してしまうような状況を作ってしまっていることに、なんとも言えない空しさを感じます。
他人を格好良く批判するのはいいですが、その責任は取る気持ちでやりたいものです。

投稿: yossy | 2012年2月20日 (月) 21時20分

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