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地域に教育力は期待できないのか?

 今日、地域の自治会長から学校におしかりの電話があった。

 自転車で通学途上の生徒が、自治会長さんが孫を乗せている自転車に接触しそうになり、自治会長がはずみでこけた。怪我はなかったが、「どんな教育しているのか」「県会議員に言うぞ」ということである。

 (なんで県会議員なのか、サッパリ分からん。こういう権力志向は嫌いだ。)

 「あ~またか。よっぽどこの生徒の自転車のマナーが悪かったんやろうな。でも、それって学校の教育が悪いせいかな?こういう子供の不始末は親の責任と違うんかな?その子の住んでる地域にも普段注意せんとほっといた責任があるやろ。学校が全部の通学路に立つのんは不可能なんやから、地域が注意してくれんとあかん。たぶんこの被害者の人は、どこに怒りをぶつけたらいいのかわからんと、ターゲットに学校を選んだんやろな。まあ、しゃーないわ。話だけ聞いとこ。」とお話をうかがったわけである。

 私は、すべての生徒がピタッと言うことを聞く指導方法を知らない。いや、そんな指導方法はないと断言する。人間は大人だって未完成だ。ましてや生徒は未完成なものである。その生徒を教育するというのは、学校だけでは無理なのである。常に子供を見守る目がある。常にしかってくれる人がいる。そういう環境を保つためには、家庭と地域の協力が必要なのである。だから、子供の不始末は、家庭と地域にも責任を分担してもらわなければならない。いや、本人と親の責任が第一義で、学校・地域が続くのではないだろうか。

 生徒を呼び出し事情を聞いて注意をした後、その自治会長が当該生徒の地元自治会の会長であることを知り、唖然とした。なぜ親に言わないで学校にねじ込むのであろうか。

 「もう地域に教育力は期待できないな」半分諦めのムードが職員室に広がった。

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地理という教科の難しさ

私は日本史の採用である。出身は経済学部である。したがって、日本史はもちろん得意であるが、現代社会、政治経済そしてなんとか世界史も大学時代の積み上げかある程度あるので教えることができる。しかし、地理はダメである。大学の教養地理の先生は歴史地理学の先生で、自然地理も人文地理も高校で扱うようなことはいっさい勉強してこなかったのである。

ところが、現赴任校には地理の専門家がいないのである。毎年誰が地理を持つかで教科会議がもめるのがいやで、引き受けて3年目。涙ぐましい努力の日々であった。

そうした中、地理学(高校地理だけ?)のいいかげんさにうんざりすることがある。一応進学校なので、時々生徒が質問をよこすが、そんなときにそうしたいいかげんさに突き当たるのである。今回はアメリカのグレートプレーンズとプレーリーについてであった。生徒曰く「グレートプレーンズとプレーリーの境目はどのへんですか?」そんなことは地図帳にはハッキリしていない。しかも帝国書院の地図帳では、縮尺が変われば位置も微妙に変わっているように見える。資料集には「西経100°の当たり」と書いてあるものがあったが、地図帳とは矛盾している。「おかしい。」そう感じた私は徹底調査をすることにしたのである。

まず、カナダ出身のALTに聞いてみると、「カナダにはグレートプレーンズはない」という。プレーリーは長草平原で、ロッキー山麓のマニトバ州をはじめとする3州が含まれるという(プレーリー3州という言葉まである)。帝国の地図帳ではそこはグレートプレーンズである。ALTは「アメリカではプレーリーのことをグレートプレーンズと言うのではないか?」とのたまうが、アメリカにはプレーリードッグがいる。プレーリーもあるはずである。

インターネット情報もいい加減である。どれもこれも相互に矛盾がある。追いつめられた私は帝国書院に電話してみる以外に方法が無くなった。「調べてみます」と誠意ある対応。最終的な答えは、「グレートプレーンズは中央平原(=構造平野)と隣接するアメリカの地形名。カナダでは使わない。ロッキー山麓を流れる川が形成する複数の沖積平野の総称です。プレーリーは植生・土壌名なので、グレートプレーンズにも中央平原にもかかります。しかし、いつの間にかプレーリーも地域名として使われるようになった」とのこと。ああスッキリした。おっとでは帝国の地図帳でグレートプレーンズの「グ」の字がカナダにかかっているのは何故?問い合わせると「間違いです。次版から訂正します。ありがとうございました。」とのこと。

このことだけではない。地理の学習をしていると相互に矛盾した情報に出会うことが多い。たとえばブラジルのカンポとセラードの関係も資料によって違う。帝国書院の地図ではカンポは一文字づつ□で囲んであるが、セラードは囲んでいない。どう違うのかと調べてみたら、セラードは正式には「カンポ・セラード」で疎林(サバナ)の一種(気候はAw~Cw)。カンポはどうやら「カンポ・リンポ」のことで、セラード南部に接する草原(気候はBS)のことらしい。帝国の地図の表記ではカンポの中にセラードがあるように見えるが、それならばリンポを同じ字体で表記するべきである。それにしても、ほとんどの参考書ではカンポといえば「サバナの一種」としてある。これはどう解釈すればよいのだろうか。

他にもマンガンの生産国順位も違う。東アフリカ大地溝帯が「広がる境界」なのかどうかも本によって違う。中国の「チンリン-ホワイ川ライン」の年降水量は750㎜~1000㎜までいろいろである。もういい加減にして欲しいのである。

 しかし、こういう矛盾に出会うと「このやろう何とか真実を解明してやるぞ」とやる気が出るのもたしかなのである。学問的欲求が刺激されるのである。

 問題は授業までに結論が出るのかどうか。そんな勝負を日々している毎日である。

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単位未履修への複雑な思い

 今、マスコミをにぎわせている単位未履修問題。私の勤務校は、いわゆる進学校ではあるが学習指導要領内での指導を行っており、問題はなかった。

 しかし、一方で複雑な思いがあるのもたしかである。

 というのは、ひとつには学習指導要領通りにやれば教科書が終わらないのが現実なのである。たとえば「現代社会」は、新課程から4単位から2単位に減ったが、一部を選択にしただけで内容はさほど変わっていない。入試は全範囲から出題されるので結局授業だけでは入試対応ができないことになる。他の教科も3年生での教科は、1月のセンター入試までに終わらなければならない。できれば演習でもできればいいなと思っているが、なかなか超スピードの授業でも1月のセンターまでには終わるのが精一杯なのである。

 そこで、理系は「現代社会」と「地理」にしぼり、「世界史A」は必修だけれども中身は1年の「現代社会」と3年の「地理」の完成のために振り分けてやりましょうということになったり、受験に関係のない「情報」や「芸術」「家庭」などを削ろうということになる。また理科では「理科総合AB」などは困難校の為に用意されたようなところがあるので、進学校には必要ないのである。そこで「物化生地」の学習を先取りしようということになるのである。現場の苦労も工夫も私にはよくわかる。本音を言うとうちもやりたいところ。しかし、まじめにやっているところからするとずるをされると少しカチンと来たりもする。本当に複雑な気持ちなのである。

 もう一つは、「受験のためだけでなく人生の為の知識と力をつける学校に」という学校の本来の姿を取り戻すためには、土曜日の半日授業はやはり必要ではないか、ということである。「ゆとり教育」の削られた時間にはあまりにも余裕がないのが実態である。学校行事はどんどん削られる傾向にある。遠足がなくなり、キャンプがなくなり、修学旅行もなくそうという動きがある。また、これがいわゆる「読替」の原因にもなっているのである。

 そもそも、地域や家庭の教育力が落ちてきているのに土曜に家庭や地域に戻すというのも無理がある。結局親は子供に金を与えて遊ばしたり、習い事に行かせたりしているのだ。子供が「自分は邪魔なんだ」と疎外感を感じたり、教育に格差が生じる一因となっているという指摘さえある。

 しかし、それをすると教師はしんどくなるのである。土曜日は午前に授業して午後はクラブ。日曜日は練習や試合の引率と、休みは確実になくなるのである。ここの部分のケアなしにはこのことは声を大にして主張できない。そこがまた、気分を複雑なものにさせるのである。

 それにしても学習指導要領に「国歌・国旗」をうたったときには、入学式や卒業式をさんざんにチェックしていた県教委が、実はカリキュラムはチェックしていなかったなどとはよく言ったものである。現在のカリキュラム編成に携わった人も委員会には多い。「知ってくせに。また現場の責任にして~」というのが、現場の実感である。

 さらに言えば現場から採用されないカリキュラムを作った文部科学省の責任はどうなるのか。「特色ある学校作り」「競争原理を導入して」などと言う割に指導要領の徹底をする。おかしいではないか。矛盾したことを現場に投げかけておいて、現場が工夫すると「知らなかった」と開き直る。

 マスコミのコメンテーターも「塾に負けない授業をしろよ!」といってたやつが「指導要領を守れよ!」なんて言っている。

 あーバカバカし。やってられないのである。

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