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企業での「研修」について

最近ブログが書けていなかったのには理由がある。メッチャクチャしんどかったのである。

実は現在、ある民間企業へ「研修」へ行っているのである。「教師は非常識だから民間企業の体験をしてこい」というような、分かったような分からないような理由で設定された派遣研修に、半ば強制的に参加させられているのである。「マンネリ化した教師生活だ。気分転換にはなるかな」くらいの軽い気持ちで返事した私がバカだった。学校現場に無理をお願いし、生徒にも負担をかけてまでやる価値があるのだろうか。しかも、長い教師生活の末に多くの初めての体験をするのは、やはり精神的にも肉体的にもしんどいのである。

この経験は何に生きるのだろうか?一人の人間として新たな経験をすることが悪いことであるはずがない。しかし、企業で経験したことが学校現場で生きなければ、何の意味もないことは明らかである。

企業で働きながら(働くマネごとをしながら)日に日に思うこと。その第一は、「もっと教育技術をアップさせる研修を受けさせろ」である。日々教員としての技量アップを図っていることが前提で、その上で「企業も覗いてこい」ならまだ分かる。しかし県内の研修でもその時間を作ることは大変なことなのである。一日二日なら授業の時間をやりくりして無理矢理参加しても、長期となるとそうはいかない。企業研修なら臨時講師もつけられるのに絶対につかない。しかも予算逼迫の現今、特に県外への研修などには絶対に旅費は出ない。参加料など絶対に出ない。どんなに先進的な内容であっても、「自費で行くならいい」との返事である。

第二に、この研修は国民・県民受けのための研修ではないのか、ということである。教員のための研修であるとはどうも思えないのである。転職を奨められているのかとさえ感じることがある。さきにも触れたが国民の中に「教師は世間知らずだ」という決めつけがあって、それに対応してますよ、というポーズのための研修ではないのだろうか。

第三に、ここからは学んだこと。「企業で通用する人材を育てる」ことよりも「社会に変革をもたらす力をつけて企業へ送り出す」ことのほうが大切だ」ということである。第四に、「したいことを探す」「夢を実現する」力よりも、「目の前の困難を乗り越える」力のほうが必要とされている、ということである。それほどに企業社会は矛盾だらけである。残念ながら「夢」などというきれい事だけで渡っていける社会ではない。

きびしいようだが、学校時代に苦労を避けた人、我慢をできなかった人、つまり、学校でつけられる力さえもつけないで苦労を避けて通った人は通用しない、そんな風に感じる。

力のない人には「夢」は実現できない。うっかりすると本当の自分の価値も発見できないから本当の夢さえ発見できなかったりするのである。だから大切なことは「目の前の課題から逃げないで立ち向かう」こと。他人の力を借りてもいい。乗り越えようと努力すること。乗り越えられなくてもいい。少なくともそこで力はつく。

断言する。自分の子どもの前に壁が立ちはだかると、すぐに学校や他人のせいにしてどこかしかに抗議してくる最近のモンスターペアレント達(甘やかし親)からは絶対にいい人材は育たない。そうやって育った子は世間で通用しない。このことは以前から考えてきたことだが、そのことの再確認はできた。

ということは、私にとっての企業研修には意味があったということか。

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