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埼玉県の校長が教え子に…

前の「第二名神を~」の記事のコメントで、以下のような文章をいただいた。

「突然のメール失礼致します。
教職のお立場におられるという事で、先生に、今回埼玉県で起きた、県立高校校長による女性(もと教え子)脅迫ならびに逮捕の一件について、どのようなご意見ご感想をお持ちでしょうか?是非ともブログ上にてご発言をお願い申し上げます。
宜しくお願い申します。」(原文ママ)

せっかくのご要請なので少し申し上げてみたいと思う。

まず私は、今回の事件そのものについては情報が少なくってコメントの仕方が難しいと感じている。その上で間違いなく言えることは、「事実ならば」情けない事だということ。たとえどんな事情があろうが許されるはずがない、ということ。これだけは間違いない。要は人間が出来ていないのだ。

教え子に手を出す教師の存在は、私の生徒時代にも他校の例として聞いたことがある。その時代にはあまり問題にならなかったように思う。教師が特別な存在だったのかも知れない。教員になってからも卒業生から、「教育実習に行った先の先生から、一人くらい自分のものにして帰れ。うちの教師はみんな経験者だ、と言われた」と、ウソか本当か知らないが聞いたことがある。私の周囲には、卒業生と出会いなおして結婚した教員は何人かいるが、在校生と出来てしまった教師はほとんど知らない(ほとんどというのが微妙な表現でしょ。うわさ話を聞いた、というのがあるのです)。

ただ、不祥事は現実としてある。県教委の方からその実情を伺ったことがある。

その趣旨は、

①教師になるまで特別な存在でなかったのに、教師になれば特別な目で見られる。そのことで自意識過剰になる人がいる。

②特にいわゆる「まじめ」で通してきた人は「女性慣れ」していないから、舞い上がってしまって抑えが効かなくなることがある。

③きっかけとしては、女子生徒の方からアプローチをかけることが多い。ただしそれはちょっとした遊び心や純な憧れから来たもので、深入りすることを想像していない。なのに相手教師が本気にしてしまい深みにはまる、というパターンが多い。

④生徒は友人に相談するので、必ず明るみに出る。

⑤生徒が教師を「はめる=だます」ということも若干だがある。

というものだった。

教師はそういう現実を知った上で、我が身を振り返り自分自身を律する必要がある。

ましてや管理職(校長・教頭)はそれを指導する側のはずである。なのに自らを律することができなかったということが今回の事件だとすると、本当に情けない。教師が奉られていた古い時代が続いていると勘違いしたのだろうか、相手の女性の感情を読みとることが出来なかったのだろうか。

いずれにしても目が曇っている、としかいいようがない。

こんな事例をすべての教師に当てはめて欲しくはないのであるが、管理職がやったということで、世間で一般化されることが怖い。それが一番の思いである。

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