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教員採用試験の不正に思う

大分県で、県教委の絡む賄賂疑惑で逮捕者がでた。なさけない限りである。

教員採用試験に不当な操作が加えられているのでは?といううわさは以前からあった。ただし点数化が難しい2次試験でのうわさである。1次のペーパー試験ではさすがにあり得ないと思っていたが、大分県はやっていたのだ。ちょっと驚く。これでは人間関係を持たない、特に県外からの受験者は著しく不利になることは言うまでもない(私は県外者だった。勤務県がまじめに採用をしていたことがわかる)。逮捕者だけが関係者ではないだろう。このシステムを悪用していた連中は、とことん摘発して欲しいものだ。

さてこの一件でいろいろなことが取りざたされている。

まずは、「教育委員会制度を見直せ」という声である。基本的に見直しには賛成。以前にも書いたように、現在の学校教育課は、本当に教育を何とかしようというものになっていないので、教員の不信感が大きすぎる。戦前・戦中に行われていた上からの軍国主義教育を反省し、国から独立して民主教育を行うために教育委員会ができたと聞いているが、教育委員の公選もなくなった今、形骸化した「保護者の要求を現場につなぐ組織」になっていないか。さらには地域によっては「国からも行政からも独立した伏魔殿のような組織」とまで言われるようになっているという。開かれた委員会を目指してほしいものである。

このことについて、いつものように素人コメンテーターは無責任にうるさくさえずっている。「教育委員会なんか廃止して文科省直轄にすれば」とか、「一から作り直したら」とか好きなことを言っている。しかし、現実も歴史・経緯もふまえずにいうものだから、いい加減なことおびただしい。現場を知らない文科省の役人なんかに支配されてたまるものか!奴らのせいで、どれだけ現場が振り回されてきたか。ただ、市民の声に耳を傾けるのと同時に、今よりも現場の教師の言うことに耳を傾ける体制を取ってくれさえすればいい。それだけ。

さらに、「教員採用試験のあり方はこれでいいのか」ということが議論されている。これは難しい問題をはらんでいる。例によって素人コメンテーター達は、「点数を取った優秀な人が落とされて、ズルをした人が現在教師をやっているのはおかしい」などと言っている。一見その通りに聞こえる。点数を取った人から合格するのが現在の採用試験の原則だと言うことはいうまでもないが、しかし点数を取ったからといって優秀だとは限らない。現実に役に立たない新人にも何人かお目にかかってきた。そこで現場の講師のなかからいい人を学校長が推薦したらいいのでは」という意見が説得力を持つように思える。一定そういう制度も導入すべきかとも思うが、買収先が教育委員会から校長に代わる可能性もある。

中国は歴史上、様々な官吏任用の制度を経験している。校長の推薦は「郷挙里選」(地方豪族から推薦させる)だろうか。現在の制度は「科挙」に近い。身分に関係なく試験で点を取れば任用される。それはいい面もあるのである。

本当に力ある教師を任用することはどうすればできるのか。私は今の制度の問題点に改善を加えるだけでいいと思う。むしろ教師をどう育てるか、に力点を置いたほうがいい。

今回の一件は、けしからんことは間違いない。しかし、今の教育行政の現実に目を向け、改善のための機会になれば言うことはない。

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