« 教員採用試験の不正に思う | トップページ | 日本体操の躍進を讃う »

柔道は何が目的なのか

武道に「木鶏(もっけい)」という言葉がある。「荘子」にある。王のために闘鶏の鶏を育てていた家臣が、40日目かけて、動揺しない、威張りもしない、他の鶏を見てもいきり立たない、まるで木彫りのように泰然自若の姿で他の鶏は戦わずして逃げてしまう、そんな鶏を育てたという話である。武道家の理想の境智として語られる。

オリンピックの柔道を見た。日本の二人が負けたが負けた気がしない。「積極的に攻めなかった」という反則を取られているらしいが、どっちもどっち。

柔道は、審判をだます技術を研くものらしい。

他の試合を見ても、「注意」「警告」などで決着がつくことが大半。残りも「効果」などという「こけた」程度のポイントで決着がついている。正面から組まないで足を取りにいく外国選手が大勢いる。

柔道は、「こかしあい」になってしまった。

これはもう柔道ではない!

なさけない。

しかし、今の柔道の試合に「木鶏」の境智でのぞんだら、反則を取られてしまう。いったい柔道は何をめざしているのであろうか。

|

« 教員採用試験の不正に思う | トップページ | 日本体操の躍進を讃う »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/187530/42124611

この記事へのトラックバック一覧です: 柔道は何が目的なのか:

« 教員採用試験の不正に思う | トップページ | 日本体操の躍進を讃う »