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あ~、田母神俊雄

この程度の男なのか。所詮はイデオロギーに支配され、その範疇でしか物事を考えることしかできない扇動家でしかなかったということだ。

田母神俊雄が「広島の原爆慰霊祭は左翼運動。あそこに広島市民も県民もほとんどいない。原爆の被爆者も2世もいない。並んでいるのは全国から集まった左翼。一部政治勢力が日本弱体化を図っている」などと述べたという。

バカなやつだ。最近人気がいいものだから調子に乗って口が滑ったのだろう。しかし、そういう時に本音が出るもの。そう、かれは日本国民の幸せのことなんか何とも思っていない。単なる軍国主義愛好者、軍国主義マニア。戦艦大和の決死行に感動し、特攻隊に涙するくせに、一般大衆が大量に殺された原爆の大量死には何も感じられない、そこから何かを生み出そうとしない。そういう奴を私は信用しない!

以前にも書いた。

「当時の日本の戦争責任者の日本人に対する戦争責任をはっきりさせろ!」

「大和の出撃や特攻隊などなんの効果もない作戦を立案し、日本の若者を無駄死にさせた責任者をはっきりさせろ!」

「原爆を防げなかった、そこまでに和睦に持ってこれなかった、結果として数十万の無辜の民の命を失った無能な戦争指導者の責任を日本人の手で暴け!」

そもそも軍隊というのは国民を守るためのもの。それが「一億玉砕」「一億総攻撃」などと叫んで国民を巻き込んだ。その時点で軍隊失格。しかも東京大空襲、沖縄戦、2度の原爆と国民から大量の犠牲者を出した。これを誰の責任でもない、などというのはウソだ!戦争の立案者がいて遂行者がいたはずだ!アメリカが東京裁判なんかやったから、その矛盾を取り上げることで日本政府には罪はないと言ってしまう論法がまかり通るようになってしまい本当の戦争責任が見えなくなっている。

戦後すぐの東久邇宮内閣のスローガンが「一億総懺悔」。国内の戦争責任を有耶無耶にしようとする意図が見え見えだ。あれほど国民に犠牲を強いておきながら、責任を国民になすりつけて、軍人のトップは何の責任も取ろうとしてこなかった。国民に謝罪らしきことをしたのは昭和天皇だけだ!

田母神俊雄も同じだ。彼は、かつて日本人を無駄死にさせた歴史を持つ、これから国民を守っていくはずの軍事組織に所属していたはずだ。自衛隊ならなおさらだろう。それが、何の反省もしていない軍の理屈に乗っかって自分と異なるイデオロギーをもつ者を攻撃する。右翼だの左翼だの、イデオロギーの範疇でしか現実を理解できない、そのためには事実でさえねじ曲げる。こういう人はだいたい「日韓併合を日本が押しつけたというのは間違い。韓国も同意したという条約がある。」としながら「日本国憲法はアメリカから押しつけられた。」というのだ。こういうのをダブルスタンダードという。彼の“論文”らしきものにもその傾向が見受けられる。

田母神俊雄、やっぱりつまらない奴だったな

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暗闇に血まみれのおばさんが!

昨日のこと。せまく暗い測道で車を運転していたら、すこし向こうの路面に大きな物体がある。近づいてよく見てみると自転車で転倒したとおぼしいおばさんだった。顔面半分が血まみれで、一生懸命からだを起こそうとしておられる様子。

思わず車から降りて「どうしたん!大丈夫?」と聞いても返事がない。名前もすぐには言えず、電話番号もちょっとしてから思い出された。かなりのショックを受けられたのかな、という様子だった。「何があったんやろう」と、こちらが聞きたいことを自分でおっしゃるような状態。とりあえずご自宅に連絡し、道の脇の看板にもたれてもらい、車を脇へ寄せて救急車を呼んだ。親指と肩の骨が折れているとのこと。病院に搬送されて行かれた。

この時、後から来た若いお兄さんが止まって降りてきてくれて、適切なアドバイスをくれて本当に助かった。何台かの車が見て見ぬふりをしていくのに、ただ1人助け船を出してくれた。本当にありがたかった。

他人から客観的に見ると、私がこのおばさんを跳ねたように見えてもしかたがないところ。正直言って「関わり合いにならないほうがいい」と考えるのが普通ではないか。それでも「ほっとけない」という思いで関わってくれたのだろう。なかなかできることではない。

そこで思い出したのだが、10数年前のこと。夜中に車を走らせていると、白い服を着たおばあちゃんが飛び出してきて、本当にびっくりしたことがあった。道路脇の病院に入院していた方で、「息子夫婦が私を邪険にしてここに入院させている。連れて帰って!」と訴えられていたが、当然どうすることもできず、病院までおんぶしていった。夜勤の看護士さんが、礼を言うわけでもなく不始末を詫びるわけでもなく、「あーそうですか」みたいな感じでおばあちゃんを迎えられたことをよく覚えている

私は今回、助けてくれたお兄ちゃんに感謝してお礼を言った。今回のことは直接自分のことではないが、それでも助けてくれた方にお礼を言うのは当たり前だろう。連絡を受けて様子を駆けつけてこられたご親戚の方もお礼を言って下さった。一つの心使いに様々な心のこもった言葉が行き交うことが、この世の中のいいところではないのか。あのときの看護士さんはなぜあんなに冷たかったのか。今頃ちょっと腹が立ってきた。

我々は、警察からも事情を聞かれ、小1時間くらいでその場を去った。おにいちゃんの車はマフラーをいじっていたと見えて、ボボボボボ-!と大きな音を立てて去っていった。そのギャップが、ちょっとかっこよかったのである。

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年金論議覚え書き

年金の議論ほど、間違った数字が横行したり別次元の物事がいっしょくたに論じられている物事はあるまい。現代社会や政経の授業をしていて生徒から質問されても答えられないことも多く、一度整理してみる必要があると感じ、今、何が議論になっているのか、をまとめてみることにした。

①現有制度にはどのような問題点があるのか。

まず、現在の制度は将来破綻する可能性があるのか?というと、これは、ない。
社会保障国民会議が今年5月に発表した試算によると、現制度で未納率65%でも年金は破綻しないことが分かった。これは当たり前のことで「未納の人」=「年金が貰えない」ので、「未納の人」が増えると将来の年金給付の総額も減るからである。さらに、年金の国庫負担が50%になりましたが、未納者が増えるとまじめに支払ってきた人に回せる割合が増えるのである。
そもそも、マスコミは「年金未納者50%」となどといって不安を煽っているが、年金未納者50%」とは、「国民年金しか加入していない第1号被保険者の50%」なのだ。国民年金は全成人国民が加入するものだから、サラリーマンや公務員も加入し給料天引きで支払っている。このサラリーマン、公務員とその配偶者を分母に入れていないのだ。現在の未納者は年金加入対象者の5%強くらい。ほとんどの方がきちんと支払っている。
参考 http://allabout.co.jp/finance/401k/closeup/CU20080629A/
しかし、現在の制度の問題は、特に国民年金のみの第1号被保険者は将来いくら年金を貰えるのか、ということである。「今納めている金額よりは多く貰える」ということはまちがいないが、第1号被保険者は月々の納付金額が低く、したがって帰ってくる金額も少ない。夫婦だと生活保護世帯を越えるが、単身だと生活保護の方が上回ることもある。これではおかしいという当然の声もあり、見直しが進められている。(ただし生活保護家庭には、貯蓄も資産も認められない。それを考えると年金の方が楽。)サラリーマン、公務員は、「現役時代の50%」が保障される。

②社会保険庁のとんでもない話は誰のせい?
 社会保険庁の役人達が怠慢な仕事をし、せっかく貯めた保険料をグリーンピアなどに浪費して、年金の信頼性に大きく傷がついたことは記憶に新しい。許せないことだ。
しかしこのことは、年金の制度がどうあるべきかという課題とは別件。社会保険庁の役人の怠慢は組合活動にも原因がある。ヤミ専従も同じ。与党の政治家の監督責任を攻めるのと同時に、組合のゆがんだ権利意識の中に多くの「ムダ」を生む構図があることを知るべきである。コンピュータの導入や国民総背番号制などの効率化を図る制度の導入に最も反対したのは組合だ。理由は「効率的になると仕事がなくなる。そうすると人が減らされる。」「新しい機械や制度には年配者がついていけない」というもの。学校でも成績処理や通知票作成にコンピュータを使用することを拒否していたのは、きまって組合系の方々だった。

年金の全額税方式ってどう?
忘れてはならないのは、現在すでに「半額税方式」であるということ。それを全額にする。それも「現在の制度は破綻する」とまで間違いを言い切って導入しようとする理由が私には分からない。
大きな違いは、現在の制度では「払ってない人は貰えない」。全額税方式なら「払ってこなかった人も貰える」。利点は、なんといっても、現在の制度では支払っている人にしか税金の恩恵がないが、全額税方式ならすべての国民に恩恵が行き渡るということ。また、国民年金と厚生年金と共済年金などの間の格差も埋めることができる。ただし、支払ってこなかった人のなかに「支払えなかった人」と「支払わなかった人」がいるわけで、後者がまじめに支払ってきた人と平等に扱われることには抵抗感も大きい。また、厚生年金と共済年金の加入者は多額を支払ってきたわけで、それを国民年金と丼勘定にされることには相当な抵抗があるだろう。さらに、この制度には相当な税金を必要とする。現在の厚生年金・共済年金は企業・自治体が半分を負担しているが、それも税金でまかなわなければならない。いったいどれだけの税金を必要とするのであろうか。そして国民の負担はいくらになるのであろうか。考えるとちょっと恐ろしい。全額消費税ですると15%や20%なんて話まである。しかし消費税で負担するとなると、年金生活者も年金を支えていることになり、すでに年金生活に入っている人にとっては「二重取り」になるということも知っておく必要がある。
新しい制度の導入は、「国民は過去に納めた金額にこだわらない」「国民は確実な年金のために高負担を選択する」「年金生活者も負担する」という腹が固まらないとできない。はたしてできるだろうか。

夢物語ではないのだから。

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