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谷亮子の参議院選挙出馬に失望

谷亮子が参議院選挙に出馬するという。柔道は現役引退するのかと思ったら、続けるという。ロンドンで金を目指すという。

政治家をなめている!

オリンピックで金を狙うということは、片手間で出来ることではあるまい。「ママでも金」の言葉に込められた子育てとの両立への決意は並大抵のものではないと思ったから、心から応援してきた。年齢との戦いもあるはずだ。自分の心にも、衰える肉体にも打ち勝ち、子育てとプロ野球選手の妻の役割をも成り立たせるのは、並大抵のことではないはずだ。だからガンバレ!と思ってきた。

その生活のどこに政治家として活動する時間があるのだろうか。国民の代表としての国会議員は、委員会や国会に出席するだけが仕事ではない。真面目な国会議員は、国民との対話、調査・研究など時間がいくらあっても足りないくらいだという。私の後輩にも参議院議員がいるが、若者との対話に時間を割き、ハイチの地震の現場に飛び込み、介護施設を訪問し、街頭に立って聞く耳もたない聴衆に必死で訴えかけて、全国、全世界を駆け回っている。

再度言う。

政治家をなめている!ふざけるな!

薦めた小澤は、政治家を自分の駒かなにかと思っているのだろう。数合わせの一人、人気取りの一人にくらい思っているのだろう。でなければ、オリンピックの金メダルを目指している人を立候補させようとは思わないはずである。両立など絶対に無理である。政治家とは、そんな軽い仕事ではない!いやあってはなるまい!

あー情けない。やっぱり国会議員の数は減らすべきなのかな?そんな国会議員いらんもんな。持論を考え直すきっかけになりそうな出来事である。

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あれはマニフェスト選挙ではなかった、ということ。

2009年の衆議院選挙は、自民・公明の与党が大敗、民主が勝利し、戦後初の本格的政権交代が行なわれたという意味で、歴史的な選挙であった。とともによく「初のマニフェスト選挙」とも言われてきた。しかし振り返って今、どれだけの人が「あれはマニフェスト選挙だった」と明言できるだろうか。

「マニフェスト」は従来の「公約」とは違う。「公約」は、美辞麗句で飾られ、具体性に欠け、いくらでも拡大解釈が可能なもの、明らかに「公約」に反する政策でも違反していないと強弁することが可能であった。

それに対して「マニフェスト」は「何を」「いつまでに」「どこから財源を持ってきて」という、実現可能性を最大限に契約することが求められる。「マニフェスト」は政権奪取後に採点され、国民の次の選択の参考とされる。マニフェストを有効に活用している自治体も多くなってきている。

さて、そもそもの話。先の衆議院選挙での民主党のマニフェストはどうだっただろうか。財源が明確でない時点で、私は「これはマニフェストではない」と思っていた。藤井前財務大臣が衆議院選挙中に財源にはそこまで触れなくていいんだ。どうにかなるし、どうにもならなかったら、ごめんなさいと言えばいいじゃないか」と言った話は有名だが、端から財源など検討していなかったのだ。あえて財源というと「7兆円の無駄遣い」。それも「政治主導にすればすぐに出せる」といっていたはず。しかし一向に出てこない。出てこないのに仕事はやらなければならない。だから郵貯の受け入れ限度額を倍増して国債の受け入れ先にしようとするなど、マニフェストにない無茶をするのである。

財源がないことがすべての根元。高速道路の無料化」は「上限二千円」に値上がり一人26000円の「子ども手当」は、13000円の「児童手当拡充」に値下げ。「暫定税率廃止」は見送り。「コンクリートから人へ」といいながら事業仕分けで「学校耐震化予算を削減」。何をしているのかわからない。

何よりも驚くのが、民主党内でマニフェストに対する評価が違うことである。つまりは党内でよく検討されて出てきたものではないのだこれはマニフェストと言えるのか!マニフェストと言えなければ、従来の「公約」との違いは単に「具体的」であたっだけということになる。結局は守られない空「公約」だ。

首相は、普天間基地移設問題で、「海兵隊が抑止力として沖縄に存在しなければならない理由はないと思っていた」と、「公約」段階での無智を吐露した。「政治家主導」を主張していた張本人が「不勉強」だったなんて、しゃれにもならない。政治家主導とは、政治家が官僚よりも勉強することを前提としている(ちなみに私はすべてを政治家がするのではなく、官僚を使いこなす政治家が理想であると思っている

彼は政治家失格だ。こんなことを言ったら、他の「公約」も「不勉強でした」ですまされるのか、と国民は思う。そんなことも読めないのだろうか。ちょっと問題である。

いったいマニフェストとはなんなのか。それを改めて学ぶ機会だった、としか言えない。そう、あれは「マニフェスト選挙」なんかではなかったのだ。

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