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部活動のはなし(自動車での引率)

部活動について、まだ書きたいことがある。
それは、「顧問が自分で自動車を運転して生徒を引率する」ことについてである。
県から「教師が運転している自動車に生徒を乗せるな」と言われていることは事実である。もし事故が起こって生徒に怪我でもさせたら教師と県が賠償責任を問われるからである。この規定は生徒のためではなく、基本的に県のためにできたものと私は理解している。
生徒と保護者にとっては、自動車で連れて行ってもらったほうがいいに決まっている。間違いなく便利で安いのだから。大会会場まで電車、駅から徒歩やバス・タクシーでは会場に着くまでに疲れてしまう。顧問が運転すれば施設の入り口までいける。大型バスのチャーターも考えるが、季節によって料金が違う。観光シーズンにはチャーターすることさえ難しい。さらに一泊する行事への参加の場合には運転手の宿泊料や夕食の代金も負担しなければならない。顧問が運転するほうが乗り物の料金や運転という労働を顧問がまかなうのだから、安いに決まっている。
顧問にとっては運転などしないほうが楽に決まっている。しかし、保護者負担の軽減と生徒の利便を考えると「自分で運転しよう」となるのである。強豪といわれる学校ほど遠征も多い。顧問になってすぐに大型バスの免許をとった人も昔は大勢いたものである。繰り返すがそれもこれもすべて保護者負担の軽減と生徒の利便のためにしてきたことなのである。
ある学校で顧問が生徒を自動車で引率し、ガソリン代と高速代を集め余ったお金でパンを買って生徒に食べさせたという。それを保護者がマスコミに垂れ込んだ。後ろから鉄砲を撃たれたようなものである。県から怒られるのは分かる。指導に従っていないのだから仕方がない。しかし保護者からは言われたくない!
前回も書いたように、部活動の指導は実質的にはボランティアである。時間も労力も経費もかかる。部活動指導に必要なジャージなどの用意は完全に自己負担である(もっとも教科指導に使用する参考書なども自己負担だが)。しかしだからこそ、顧問の善意に生徒・保護者は感謝してきたのではなかったか。善意が通じたからこそ私たちは頑張ってこられたのである。それを踏みにじられる風潮が最近ひどい。教師は奥ゆかしい方が多く声をあげないが、私はあえて言っておきたい。

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部活動のはなし(柳本氏に関わって)

柳本晶一氏が、桜宮高校の体罰(暴力)問題に関わって、大阪市の改革担当の市教委顧問に就任したということが報じられた。私は彼のことをよくは知らないが、まあ頑張ってくれればいい。
しかし
彼のインタビューを読むと気になる事がある。どうやら彼は学校の部活動のことを全く分かっていないようだ。まあ、世間の皆さんも似たり寄ったりの状況なので彼だけを攻めることはできないが。

http://mainichi.jp/area/news/20130220ddn013070045000c.html

まず始めに、どうやら彼は桜宮高校をアスリートを育てる施設であると勘違いしているようだ。体育科を出たからといってアスリートになるとは限らないし、そもそも桜宮高校には普通科もある。そういう学校の部活動で問題が起こったという認識が彼にはあるのだろうか。このインタビューからはあまり感じられない。

次に、学校の部活動は生徒会活動に属する生徒の自主活動である。

部活動の基本は生徒たちが「バレーボールをやろうぜ」と集まり、学校の施設を利用する許可を取り、生徒会から予算をもらって活動することである。しかし、自主活動とはいえ学校内で行われるので、事故が起こってはならない。そこで校内の施設を使用し生徒会から予算をもらう条件として、教員に顧問をお願いしてその指導にしたがいなさい、ということとなる。生徒は、単に無事故の指導だけでなく技術や練習方法も教えてもらえることを期待して当然バレーボール経験者に顧問をお願いする。専門家の先生がいなければ、人気のある話しやすい先生にお願いする。今でも伝統校には生徒が毎年4月に直接顧問への就任をお願いしに行く学校もあるのはその名残なのである。部活動は生徒が主人公の活動なのだ。

しかしそれでは人気のある教員のところに顧問就任要請が集中し、いくつもの部活動の顧問を兼任する人と一つも持たない人がでてくる。そこで、校長・教頭などの管理職が、教員の負担を平等にする為に年度当初に顧問の割り振りをするようになったのである。

生徒の自主活動にすべての教員を強制的に配置した時点ですでにこの制度には矛盾が存在する。部活動指導は学習指導要領になく、教師の本来業務ではない。だから土日祝日に指導のために出勤しても県から超過勤務の給与はでない。都道府県によって金額の異なるスズメの涙ほどの「特殊業務手当」が出るだけである(都道府県政令都市によって金額はさまざま。4時間以上指導して一日2400円、2800円、6時間以上で3700円、1時間600円など。いづれにしても高校生のバイトより安い)。他校に練習試合に行く旅費も宿泊費も出ない。県が出さないのでPTAが出していただいていたのに、それも出すな、という方向に動きつつある。なのに
事故が起これば責任だけは問われるのである。

全員に顧問を割り振ったので、一つの部活動の顧問のなかにも、専門的に指導できる顧問と無事故の指導のみを行う顧問、家庭事情で平日しか指導に参加できない顧問などが混在する。

自分の専門の競技の顧問になれば、生徒に指導することもある程度楽しいし、大会で勝利すると一緒に喜ぶことができ、生徒と一緒に成長している実感も得られる。ある意味教師自身の自己実現にもつながり、やりがいもある。だから矛盾を感じつつも一生懸命になれる。

しかし、専門外の競技の顧問をすると負担感が前面に出て、モチベーションも低くなる。それも当然である。言い方は悪いが生徒に強制的に付き合われているのだから。評価は中心顧問に与えられ責任だけは分担するのだから。

生徒や保護者はいつのまにか自主活動であることを忘れ、指導してもらうことが当たり前だという感覚になっている。部活動をテーマにしたサイトには「どこどこのバレー部が弱いのは顧問の責任」「あそこの顧問は指導力がないから」と当たり前のように書き込まれている。

教師の中にも自分の指導どおりに強制的に練習させ、競技力をあげて強くすることのみを追求する人もいる。まるで自分のものみたいな感覚になっているのである。そういう勘違い顧問の支配する部活動で体罰(暴力)事件が起こったということに多くの人は気づいていない。

柳本氏のインタビューを読むと、彼が部活動指導を教師の中心業務としてとらえていることがよく分かる。次のくだりはさらに印象的である。

「部活動関係の書類を見せてもらうと、各部に顧問の名前が4人も5人も書いてある。「これやったら何かあった時に責任の所在がはっきりしない」と指摘したら、「実際に見ているのはこの人とこの人」と答える。「他は?」と聞くと、「5時には帰っている」。こんな大問題になっているのに、何も変わってない。練習を見なくとも、栄養学とかトレーニング法を勉強して、側面からサポートする方法があるでしょう。」

部活動顧問という制度の矛盾が教師の善意で補われてきたという事実を、どうやら彼は知らない。だから本来業務でないことにさらに励めという。部活動顧問の位置づけの見直しをすることなしに負担だけを増大させるのが彼の改革なら、それは教師をスケープコートにするだけで、一部取材不足のマスコミと変わらない。
教育現場を知らない人が教員現場に首を突っ込むことには良いことも多いと思うが、現場を知らない人が発言したことが世論を形成することは危険である。柳本氏は有名人で発言力があるのだから、もっと勉強してから発言するべきだった。
橋下氏はいつもそういう間違いを犯している。

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いじめと暴力と

昨年来、いじめと教師による暴力のことが報道されない日はない。

いじめについては以前書いたことと私の思いは大きく変わらない。文科省が「いじめの早期発見を評価する」という発表をしたが、わが意を得たりである。
残念ながら「いじめはある」。その前提に立てば、最も大切なのは、いかに早期に発見するか。芽は早く積むほうが解決も早い。発見したら絶対にいじめられている側に立つ。そしていじめている子たちといじめられている子の関係を出来るだけ修復する。
加えて、体罰という名の暴力についての報道が連日繰り返されている。大阪の桜宮高校に続いて、豊川工業、ついには全日本柔道女子チームとスケープゴートは目まぐるしく変わる。
しかし考えても見るがいい。体罰が行われてきたのは大阪市立の体育科では桜宮高校だけなのか?駅伝では豊川工業だけなのか?オリンピック競技では柔道女子だけなのか?
みんな知っているではないか!知ってるのに知らないふりをして報道し、今聞いたふりをして怒ってさえ見せる。バカバカしい。体罰を容認してきた社会の風潮の醸成に一役買ってきた人たちは教育職以外にも大勢いるはずだ!
今回痛ましくも体罰を受け続けた生徒が自らの命を絶った。だから桜宮高校体育科は新入生を受け入れる体制にない?よその高校へ行け?何も分かっていない!
府立市立の他の学校に体罰がなかったという確証はあるのか!体育の人事は市内で回っている。ないわけがない!なぜ調査しないのか!
今、現に桜宮高校体育科にいる在校生の教育はどうするというのか!彼らはその「体制の整っていない」高校に居続けるのだ!
問題の本質を避けて桜宮高校だけに矮小化しようとする市長サイドの意図が透けて見える。彼はいつも攻撃対象を絞って自分を正義の側に置く。自殺報道直後「体罰は必要だがあとのホローが大事」などと、いけしゃーしゃーとほざいていたくせに。桜宮を極端に攻撃することでその行き過ぎを押さえようとする教育委員会を悪に据え、正義の味方に立場を入れ替えることにまんまと成功した。
今回自殺した生徒を殺したのは、体罰を容認する風潮を放置してきたすべての人間である。私も、報道機関の人間も、橋下市長も、そのなかに入っている。
どこかの学校や団体を槍玉にあげて溜飲を下げるのはやめにするべきである。今こそ一斉に教育現場から暴力を一掃しようではないか。

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