ピンポン外交覚書-日本卓球の躍進に寄せて

当然知っているべきことだったのだろう。日本人は「歴史健忘症」だと海外から言われることがあるらしいが、私もこのお二人のことを知らなかった。なさけないことである。

お二人とは、卓球の後藤鉀二さんと荻村伊智朗さんである。

後藤鉀二(ごとうこうじ)さんは1906年の生まれ。尾張の武士の家の生まれだそうで、そもそもは剣道の達人だったとか。ところが、お父さんが名古屋電気学園(愛知工業大学など)の創立者であとを嗣ぐこととなると、学校を盛り上げるには場所が狭くて設備投資も少なくてすむ卓球がよい、と卓球に熱を入れ始めたという。そして名選手を生み出し、日本卓球協会会長にまでなってしまったのである。

当時最強の卓球王国とされていたのは中華人民共和国であった。しかし、卓球の連盟に加盟していたのは中華民国であり、さらに1960年代の後半から70年代の初めにかけての「文化大革命」のため、中華人民共和国は国際舞台から遠ざかっていた。ところが後藤さんは、「世界最強の中国が来ないのでは、世界大会とは言えない」と中国チームを1971年の卓球世界選手権名古屋大会に招待することを決意。中国を訪問し、さまざまな困難を克服し曲折を経て、中国チームの名古屋大会参加を決めた。中国の卓球は再び国際舞台に復帰することができたのだった。

さらにこの時中国チームは周恩来総理から「友好第一、試合第二」と激励されていたので、アメリカの選手とも交流。そうしたムードの中でアメリカチームの訪中が決定。裏でやりとりされていた国交正常化交渉に大きな影響を与え、翌1972年に劇的なニクソン訪中・米中国交正常化さらには日中国交正常化となったのである。

このあたりの事情は http://www2.aasa.ac.jp/graduate/gsscs/reports01/PDF/02-003.pdf  に詳しい。

今でも「後藤先生の恩を中国の卓球界は忘れることはない。」と中国の卓球チームが日本を訪問したときは必ず名古屋に行き、先駆者である後藤さんの墓参りすることになっているそうである。しかし、当の後藤さんは米中・日中国交正常化を知らない。1972年1月にお亡くなりになっているのである。

荻村伊智朗(おぎむらいちろう)さんは、1932年生まれ。高校時代に東京・三鷹の町の卓球場で卓球をはじめるとメキメキ実力をあげ、5年後には1954年のイギリスでの世界卓球選手権の主将に抜擢され、男子個人と男子団体のタイトルを奪取。結局合計12のタイトルを取ったすごい選手である。

しかしこの人のすごさはここから。そもそも高校時代進学校に通い英会話学校にも通っていたという秀才。はじめてのイギリスで先の大戦の敵国・日本ということでさんざんな差別を受けブーイングを浴びたことから国際交流の重要性を感じたというからすごい。引退後はスウェーデンで3年間指導。ヨーロッパのレベルをあげるためだったというが、実際に世界チャンピオンを誕生させたというからまたすごい。さらに1970年に文化大革命期の中国を3度訪問し、先の後藤さんの仕事につなげ、1987年には世界卓球連盟会長に就任し、1991年の世界選手権千葉大会での韓国と北朝鮮の南北統一チーム結成を実現。このとき彼は韓国に20回、北朝鮮に14回も足を運び、交渉を進めたという。スポーツ界では初の統一チームとなった「コリア」が来日し、世界選手権決勝では女子団体が中国チームを下して優勝。高らかに「アリラン」を大合唱したのである。

荻村さんはその3年後の1994年に62歳でお亡くなりになっている。

お二人のしたことは生半可なことではない。当時中国と国交を結ぶために尽力した人物は、松村謙三さん、高碕達之助さん、有吉佐和子さん、池田大作先生など何人かおられたが、みんな命がけの決意と信念でやっておられる。このお二人もそうだったであろう。南北統一チームの結成など、どれだけのいやがらせがあったか、想像を絶する。

こういう人々の存在を、日本人は絶対に忘れてはならない。

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日本体操の躍進を讃う

北京オリンピックでの体操の躍進がすごい。男女ともすごい。

男子団体総合は前回アテネのに続いて。女子団体総合は5位入賞。男子個人総合で内村が4位入賞。すごい成績だ。

そもそも男子団体総合は、

1952ヘルシンキ5位入賞、

1956銀のあと1960年のローマ五輪以来1976年のモントリオール五輪までオリンピック5連覇とその間の世界選手権もすべて連覇したという過去の栄光がある。

それがモスクワ五輪のボイコットを境に、

1984ロサンゼルス銅、

1988ソウル銅、

1992バルセロナと銅

1996アトランタでは10位と沈み、

2000シドニーで4位入賞、

そして前回2004アテネで金に輝いたのである。今回の銀の価値が分かろうというものだ。

女子団体総合は、

1956メルボルン大会で初出場6位入賞

1960ローマ4位入賞

1964東京で銅メダル、

1968メキシコ4位入賞

1972ミュンヘン7位

1976モントリオール8位

1980ロスアンゼルス6位入賞

1982ソウル12位

1996アトランタ12位

のあと、シドニー、アテネは出場さえできなかったのである。

すごいの一言に尽きる。

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柔道は何が目的なのか

武道に「木鶏(もっけい)」という言葉がある。「荘子」にある。王のために闘鶏の鶏を育てていた家臣が、40日目かけて、動揺しない、威張りもしない、他の鶏を見てもいきり立たない、まるで木彫りのように泰然自若の姿で他の鶏は戦わずして逃げてしまう、そんな鶏を育てたという話である。武道家の理想の境智として語られる。

オリンピックの柔道を見た。日本の二人が負けたが負けた気がしない。「積極的に攻めなかった」という反則を取られているらしいが、どっちもどっち。

柔道は、審判をだます技術を研くものらしい。

他の試合を見ても、「注意」「警告」などで決着がつくことが大半。残りも「効果」などという「こけた」程度のポイントで決着がついている。正面から組まないで足を取りにいく外国選手が大勢いる。

柔道は、「こかしあい」になってしまった。

これはもう柔道ではない!

なさけない。

しかし、今の柔道の試合に「木鶏」の境智でのぞんだら、反則を取られてしまう。いったい柔道は何をめざしているのであろうか。

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やっぱり福士加代子が主役だった

大阪国際女子マラソンが終わった。

今回の大会は、大会前から福士加代子の前評判が高く、今回の主役と目されていた。そのことは別にいい。

それにしても当日の新聞広告はひどいものだった。関西テレビは各紙に大会の全面広告を載せたが、スペースの半分以上は「福士加代子 マラソン 初挑戦!!シンデレラに」との大見出しと福士の写真だ。これは異常だ!必死でこの大会を目指して練習してきた他の出場者に失礼だし、福士本人にとってもプレッシャー以外の何者でもない。いったい関西テレビはスポーツを何と考えているのだろうか。TBSの亀田家族の扱いと大差はない。

しかし勝負はどうだったか。前半は福士の全くの独走。やっぱり福士の大会か、と思いきや後半に突然の失速。大多数の選手に抜かれ、無惨な敗退。

しかしここからがすごかった。福士は歩くようなスピードでゴールを目指した。何度倒れても起きあがりゴールを目指す福士の姿には正直胸を打たれた。勝利者インタビューがかすんでしまうような気迫の映像であった。

浅はかな関テレが、正真正銘のアスリート福士加代子に救われた、そんな番組だったのかな、と少し複雑な気分で見つめたのであった。

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ハンドボール・アジア協会問題に思う

ハンドボールのアジア協会がクウェートの王族に支配され、中東の国々をえこひいきしているという。それも経済面ではなく審判の判定でだというからたちが悪い。「中東の笛」というんだそうだ。スポーツに関わる者として恥を知れ!といいたい。

しかし、一連の報道で気になったのは別のことだ。ニュースキャスターの木村太郎はこういう意味のことをいった。「きれいごとばかりいってないで、こういう力が働いているのが現実なんだから、日本も力をもたなけりゃ。持ってない日本がなさけない」

バカかこいつは!木村氏の言いっぱなしのコメントに腹が立つことはかつてから多かったが、今回ばかりは怒りを通り越してあきれた。木村は二度とスポーツを語るな!

日本テレビのあるコメンテーターはこういう趣旨のことを言った。「いままでから不審な判定があったのなら、どうして五輪予選なんていう重要な大会の前に抗議しないで今の対処となったのか。日本も対応が遅かったのではないか」

ちょっと聞くとなるほどと思う。しかし、日本ハンドボール協会がなにもしなかったということは確かなのだろうか?ハンドボール協会に取材はしたのだろうか?どうも判然としない。こんな重要な話を想像でして欲しくないのだ。取材したのなら「協会に聞きましたが」と一言言ってもらいたいのだ。わたしはそのときの言い方から、取材はしていないな、と感じたのである。

マスコミは旬の話題に飛びつく。それはマスコミであれば当然であろう。しかし、必ずしも専門性のない話題に軽い気持ちでコメントして欲しくないのだ。誰かが傷つく。

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「世界柔道」-審判の稚拙さ

「世界柔道」で井上康生と鈴木圭治が負けた。不可解な判定が原因である。先に投げた側が判定されずに、後から投げた方が判定される。意味が分からない。

そもそも柔道の判定には以前から疑問を持っていた。何故副審はイスに座っているのだろうか。見えない角度があるだろうに。何故おしりをついただけで効果になるのだろうか。何故慎重に攻めれば指導を食らうのだろうか。今の柔道のルールには日本人の知っている美しい柔道とは違う要素が多い。そこへ持ってきて外国人審判の質は本当に低い。普段レベルの高い柔道を見ていない者に高いレベルの審判ができるはずがあるまい。

ことし剣道が世界選手権でアメリカに負けた際も、肩に当たっているのに「面あり」となったシーンがあった。やはり外国人審判である。もっとも日本人の審判でもミスは当然あるが、選手の努力を考えると、審判も必死に訓練しなければならないと強く思う。そうでないと、武道全体のレベルが低下する。そんな気がしてならない。

《提案》

剣道には別にスポーツチャンバラがありますが、似て全く非成るものです。日本の「柔道」も"JUDO"と別のものと考える。そして「柔道」と"JUDO"の選手は別に育成し、大会も別に開催する。"JUDO"は「こかしあいっこ」と相手に反則をとらせる技術と駆け逃げの技術を磨き、「柔道」はあくまで日本の道を貫く。これでいかがでしょうか。

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「世界競泳」とは何だったのか

先日、世界競泳の商業主義に驚いた話を書いたが、その後知ったことがある。

世界競泳の主催は、国際水泳連盟(FINA)の主催ではないのである。なんと日本水泳連盟(JASF)が主催した今回限りの大会なのである。選手も国内予選を勝ち抜いた選手ではないとのこと。

だから、日本人選手にあんなに偏りすぎた報道ができたのか!納得。

しかし、世界陸上の前にあんなに大々的に宣伝する価値のある大会なのだろうか。「競泳世界一決定戦」などとのたまっていたが、うそも甚だしい。世界陸上は世界最高峰の陸上選手権である。比べるのもおこがましい。

商業主義もここにきわまった感がある。テレ朝をはじめとするマスコミ諸氏よ!このままでは本当にマスゴミになるぜ。

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世界バレーと世界競泳

 世界バレー・世界競泳、そして明日からは世界陸上とスポーツ花盛りである。日本人の活躍もめざましい。

 しかし思うことがある。演出が意図的で奇妙なのである。バレー選手の背中には本名でなくニックネームが表記され、一人一人が大声援のもと入場する。試合が終わると勝っても負けてもインタビュー。水泳のコールは日本人のみ日本語。日本人専用のインタビューコーナーが設けられ、試合直後の息も絶え絶えの選手は無理矢理「皆さんの声援のおかげ」と言わされている。そう、日本のホームグランド状態を作り出す過剰な演出なのである。テレビの視聴率・商業主義もここまで来たか、とイヤな思いになるのは私だけであろうか。

 日本人だから日本の応援をしたくなるのは当然としても、外国の選手も含めたアスリートたちの芸術的ともいえるファインプレーや驚異的な技術・スピードに感動したいという気持ちも観戦者の中にはあるのである。そういう思いは番組の中でははじき飛ばされる。そうこの違和感は、日本の応援をする者のためだけに番組が作られているという違和感である。

 遠く外国から来た選手たちはどんな感想をもっているのだろうか。そう思うと素直に日本人選手の活躍を喜べない私がいる。

 世界陸上はそうならないよう願いたいものである。

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岩隈の復活万歳!

楽天の岩隈が4勝目!ついに本格的な復活だ!

近鉄のエースとして活躍していた岩隈が、オリックスへの合併移籍を拒否して新球団・楽天に移籍したのは2004年末。以後2005年は肩を痛めて9勝15敗。2006年は1勝2敗と登板さえできなかった。

今年も広背筋の炎症や左脇腹の肉離れで悩みながらも、やっと復活。昨日9回目の登板で4勝目をあげたのである!

田中マー君も頑張っている。岩隈が計算できれば楽天にとってこれほど楽なことはない。野村監督は田中に優しく岩隈に厳しいが、それもエースとしての期待の証だと思う。

ガンバレ!岩隈!ここから二桁勝利だ!

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剣道と人格と

 高校時代に武道館に剣道の全日本選手権を見に行ったことがある。私の好きな剣士は、まずは上段の川添先生。高知学芸高校の中国修学旅行での列車事故でお亡くなりになって本当に残念だった。そして熊本の山田先生。威風堂々の剣風に感動して見上げていた覚えがある。

 最近、次のような新聞記事を教えて頂いて驚いた。

以下読売新聞からの引用。
「熊本県警巡査自殺、『いじめが原因』として両親が県を提訴 2004年5月、熊本県警巡査の山田真徳さん(当時22歳)が自殺したのは、所属していた剣道特練部員のいじめが原因として、父親の博徳さん(59)、母親の真由美さん(57)が5日、県を相手取り、約6360万円の損害賠償を求める訴訟を熊本地裁に起こした。 博徳さんは3月31日付で県警職員を退職。剣道八段で、世界大会や全国大会での優勝経験もあり、剣道最高位の範士の称号を持っている。県警の警察官に剣道を指導する立場にあった。 訴状によると、長男の真徳さんは01年4月、県警に入り、交番勤務などを経て04年3月に機動隊に配属され、02年1月、県警本部長から剣道特練部員に指名された。 しかし、練習では、2人1組で行う地稽古(じげいこ)で無視されたり、全員から突きでのど周辺を狙われたりした。公式試合前には、うその集合時間、場所を教えられたこともあった。 真徳さんは、04年5月、機動隊の寮の自室で首をつって自殺。10日ほど前には、自殺未遂をしていたが、報告を受けた機動隊長(当時)は、家族に連絡していなかったという。 熊本市内で記者会見した博徳さんは『剣道特練部から私を排除しようという動きがあり、そのために真徳はいじめに遭った。このようなことが二度と起こらないようにと願い、提訴した』と話した。 県警監察課は04年7月、『調査の結果、いじめは確認できなかった』と結論づけており、県警広報県民課は、提訴について『事実関係を把握していないのでコメントできない』としている。」

 ショックだった。

 今、私は剣道を特別な競技として見ていない。剣道をすれば人格が磨かれるということを言う人がいるが、私は信じない。国士舘大学での後輩いじめからの事故死もあった。大学界を代表する剣道部で絶対にあってはならない事故だった。1994年11月には三重県で、なんと範士九段の当時の県剣連理事長が一三〇〇万円の業務上横領で解職されるという事件が起こった。その後の詳細が伝わっていないが、ご本人は「私の追い落としのための作り話だ」と否定されていた。いずれにせよ該当の範士の周辺に派閥争いがあった事は間違いのない事実である。熊本県警にも派閥争いがあったという。人格が磨かれている人たちのすることだろうか。他にも、何回も連続してインターハイ出場を勝ち取っていたカリスマ顧問が最低の人格だったり、八段に通ったらいきなり傲慢になった人も知っている。剣道をすれば人格が磨かれるというのはウソである。磨こうとする人しか磨かれないのである。

 本当は「剣道を通して人格を磨き続けよう」が正しいのではないのか。人間は本質的に弱いもので、努力をやめればすぐに傲慢になり、ダメになる。段位があがると人格まで高まったというように勘違いするのなら、段位制度などなければよいのである。剣道も他のスポーツもそれを通じて人格形成をしようとすることができるという意味では、価値は同じなのである。(高野連も同じ勘違いをしている)

 剣道を好きだからあえて言いたい。剣道界は、剣道の価値を見直せ!

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剣道再開!

 前回にも書いた通り、子供の剣道のつきあいから、最近少しづつ剣道をやる羽目になってしまった。

 この年になると高校時代と間合いが違う。イメージが体に伝わらない。無理をするとガタがくる。そんなもどかしさを感じながら基本打を中心に再開した次第です。

 ここまでにも再開するきっかけはあった。しかし踏ん切れなかったのは、一つは暇がない。今でもないけれども少し時間はましになったのだ。二つには体力に自信がない。やった翌日にも仕事があるわけで、それを考えるとできないなと思ってしまう。三つには機会がない。実際には機会は全くないわけではないが、ちょっと敷居が高いかなと思ってしまうのである。

 敷居が高い第一の原因は、上下の序列であると思う。普段全くやっていない者が上の方に稽古をお願いすることは、なんだか恐れ多い事であるかのように感じてしまうのである。ある程度稽古をした上であるならお願いもできるだろうが。ボールがあればバスケットやバレーのまねごとはできるが、棒があったからといっても素振りはできても剣道のまねごとはできないのである。再開に心構えを必要する所以ではなかろうか。

 潜在的剣道愛好家が竹刀を握れば剣道は別の次元に世界を広げられる。これは今剣道を再開した私の持論である。

 「今。君たちのなかには卒業と共に剣道をしなくなる者もいるかもしれない。でもそれは剣道を休んでいるということだと思いなさい。なぜなら剣道はいくつになってもできるのだから。」私の恩師の言葉である(なぜか今日思い出した)。

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剣道の発展を図るには

 小中高と剣道をやってきた。今はほとんどやっていないが、もっとも身近な競技は何かと問われれば剣道である。

 私の小学生当時、少年剣道にはあふれるほどの練習生がいた。小学校の体育館で道場を経営しておられたが、練習曜日を2つに分けてなおかつ特別練習生の稽古日を別にもうけなければ全員の練習が満足にできないほど多かった。

 なぜか息子が剣道を始めた。血は争えないらしい。久しぶりで面を着けて相手をしてやった。気合いを入れるのが恥ずかしいようななつかしい状態。それとともに「これや!この感覚や!」と興奮せざるを得なかった。とともに、脳が指令する通りに動かない筋肉にイライラ。かくして翌日と翌々日は筋肉痛に悩まされたのであった。

 一般的に発展には質と量の両面がある。質は私には分からない。量の拡大には少年剣道の人口を増やすことと同時に、潜在的剣道愛好家にもう一度竹刀を握らせることである。あの時あふれるほどいた剣道少年の存在はその可能性を感じさせる。剣道は一般的な競技なのだ。

 剣道は柔道よりもはるかに多くの競技人口を抱えている。潜在的人口にいたってはなおさらである。なぜ競技人口が少ない柔道がテレビで突出するのか。ひとえにオリンピックkの存在である。全日本剣道連盟の方針としてオリンピックには参加しないらしい。それはそれでいいと思う。しかし潜在的剣道愛好家の存在に気がつけば、もっと剣道のテレビ放映はあっていいし視聴率も稼げると思う。キムタクをはじめとして(もっと多いが)芸能人の剣道経験者も自信を持って発言する。そうすれば剣道が一般化するのである。全日本剣道連盟も「剣の道」にこだわるあまりに、愛好家の存在を感じられていないのではないか。

 剣道復興の兆しはあると聞く。テレビ放映がもっと多くなることを望む。

 

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