岡田外相は何をしたいのか?

岡田外相が、日米の「密約」についての文書を探し当てたという。米軍の空母などが寄港する際に核兵器を搭載したままで寄港してもよいという密約である。非核三原則に反するのではないかと言われている。

この問題はすでに元駐日米大使のライシャワーなどの複数のアメリカ人によって公にされてきたが、日本側はその存在を認めてこなかった。そもそも日本にエネルギーや食料の補給のために寄港する際にわざわざ核兵器をどこかに降ろすわけがないので、搭載してあることは「公然の秘密」に属していた。

私が分からないのは、岡田外相はこれを暴いていったいどうしようというのだろうか、ということである。

前与党の自民党が国民にウソをついてきたことを暴きたいのだろうか。しかし、岡田も鳩山もその自民党でいっしょにウソをついてきたのである。小沢なんか幹事長だったのだ。今の自民党だけの責任にはできまい。

既成事実として核搭載空母の寄港を正式に認めようというのであろうか。そんなことをすれば、社民党との関係が悪化することだけではなく党内も分裂する可能性がある。

核搭載を今後認めない、ということだろうか普天間移設問題が紛糾しているこの時点でそんなことをすれば、アメリカとの関係が相当に悪化することは目に見えている。

この問題は相当な難しさを含んでいる。だからこそここまでの政権はアメリカ側が指摘しても認めてこなかったのである。

単に「国民の目の前に事実を白日の下にさらす」というだけなのだろうか。いや、それでは政治家として無責任の誹りを免れまい。

岡田外相は、何を考えているのだろうか。来年1月に分かる。

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教員養成六年制にも反対する

政治家というものは、時に現場感覚からかけ離れた話をするものである。政治家とはそういうものだと言ってしまえばそれまでの話だが、あまりにかけ離れた政策を実行することは百害あって一利無しである。教員免許更新制はその一つだが、教員養成六年制もそうである。唖然としてしまう。鳩山総理に象徴される「お金持ちの論理」だ。

「教師は重要な仕事だから六年くらいは勉強するべき」という人もいるだろう。しかし、医者や薬剤師、弁護士などの六年間の修学が必要な資格は就業にほぼ直結している。六年間努力すればほとんど必ず就業できるのである。しかし、教師は違う。

「六年間やらなければいけないとなると、いい加減な人はもたない。教員になりたいという意志の強い人が残るからいい」という人もいるだろう。しかし、意志だけでは六年間持たない。実際に就職できるかどうか分からない免許を取得するために六年間をかけるリスクは大きい。家計の苦しい苦学生にとってこの壁はあまりにも大きいだろう。もっといえば、意志の強い人も欲しいが力ある人が欲しい、というのが現場の本音である。この制度は、金持ちのポンポンを優遇し、力もやる気もある苦学生を排斥する事になりかねない。

「一年間の教育実習」なんていうのは、もう愚の愚の愚作である。教育実習がどんなものか分かっていない人のいうことである。日教組がこれを提案したとすれば、組合専従がいかに現場から乖離したものとなっているか、ということの証左となる。そもそも教育実習は医者のインターンと違って教育現場の触りしか経験できないものである。成績、問題行動の指導、カウンセリング、保護者との対応、などの生徒のプライバシーに関わることは一切関わらせない。教科指導やホームルーム指導、休み時間の接し方にプラスしてクラブ指導くらいが教育実習の範囲である。世間の方々が表面的に「教師の仕事」と思っている部分だけしか触らせない。教職の最も大切な部分にはタッチできないのである。いや、させないのである。それも当たり前である。無責任な学生に外で何をしゃべられるか分かったものでないのだから。それでいったい一年間もなにをさせようというのか。

ましてや、経験も責任感も薄い実習生の存在は学校にとって大きな負担なのである。授業内容に間違いもある。実習生が帰った後で授業をやり直す事もあるくらいである。生徒に不用意な言葉を投げかければホローは指導教員の責任。社会人としての自覚に欠ける実習生の指導は大変なのである。それを一年間などとは、現場を知らないとしか言えない。

さらに、教育実習に真面目に取り組もうとすればアルバイトをしている時間などない。私は二週間の実習の間に有り金を使い果たしてしまいしばらく悲惨な食生活をした。一年間バイト無しで実習に取り組めるとしたら、ヤッパリ金持ちのボンボンだろう。

様々な角度から考えて、やはり六年制は無理と言うしかない。

川端氏にいかなる資質があって文部科学大臣になったのか知らないが、組合上がりで教育の現場を知らないなら、教師の意見を聞けばよかろう。教員免許更新制の代わりになるならどんな制度でもよい、ということにはなるまい。

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別件の有罪視報道

結婚詐欺で逮捕された女性が、連続殺人の犯人ではないかと報道されている。今日は鳥取県でもよく似た事件があると報道されている。これはおかしい!

私は報道を見つめ続けてきた人間として、次のように考える。

①報道されているように連続殺人があったのなら、なぜ殺人容疑で逮捕しないのか。

②それはおそらく怪しいという状況はあるものの、物的証拠がないからであろう。物的証拠があれば必ず逮捕しているはずである。

③逮捕もされていないのに報道機関が詳細な捜査情報を得ているのは、捜査官が積極的にリークしているからであろう。

④捜査官が積極的に情報をリークして「あいつが犯人に違いない」という世論を喚起する背景には、裁判員制度の存在があるのではないか。公判を維持しにくいことが想像できる事案について、公判前に犯人であるという印象を世間に持たせることに成功すれば、検察に有利に裁判はすすむであろう。

マスコミが裁判員制度をつぶすようなことに使われなければいいが。

マスコミ諸君よ!何回同じ事を繰り返せば学習するのかね!今回の報道は、松本サリン事件の時とよく似ているぜ!「怪しい」だけで1人の人間を極悪犯人に仕立て上げていいものかね!なんで、証拠がそろって逮捕されるのを待てないのかね!逮捕されたって犯人だと決まったわけではないのに、逮捕もされていない事案で犯人にされることがいいと思っているのか!君たちは警察に使われているだけだ!いったいマスコミの使命はどこへ行ってしまったのか!そんなにネタに困っているのなら、鳩山事務所の政治資金規正法違反や事務所費問題をもっととりあげたらどうだ!それとも権力が怖いか!

目の前で起こっているのは、冤罪の最大の原因である「別件逮捕」だ。そのことを私たちは忘れてはならない。

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「韓国修学旅行で土下座って本当?」再び

韓国修学旅行で土下座って本当?」を書いてから3年が経った。その間様々なご意見もいただいたが、土下座させられた」学校はいまだ出てきていない。やはりそんな学校はなかったのだろう。

時々2ch等で引用されるらしく、突然アクセス数が増えるときがあって面白い。

そうした中で、いわゆる「ネットウヨ」の皆さんが、私の文章に批判されることがある。しかしどうもその批判が次元が低いのである。今回はすこし反論を書いておくことにする。

①「このプログは所詮は単なる2次資料だ」という批判へ。

こういう批判をするひとは、「韓国への修学旅行で土下座させられている」という情報がすべて2次資料ですらない情報で成り立っているということに気がついていない。産経新聞記事には、土下座も慰安婦もなし。あとは真偽不明のプログの書き込みだけ。二つをくっつけて「土下座させられている」と強弁して成り立っている情報なのだ。だからそれしか根拠がないなら「土下座はなかった」というしかない。この理屈が納得できない人は、他に土下座させられたという1次資料を出すしかないでしょう。

「単なる2次資料だ」という人は産経新聞記事が1次資料だと言いたいのかもしれませんが記事を読んでいないとしか思えない。次元が低すぎます。

②「韓国への謝罪行事を批判しているのに、土下座があったかなかったかに問題をすり替えている」という批判へ。

私ははじめから土下座の有無を問題にしており、すり替えなどはしていません。そういう方は私の文章を読んでそれ以上の反論がないのなら、まず「土下座はなかった」ということを認めていただきたい。

その上で私は「世羅高校の修学旅行は謝罪行事ですらない」と述べました。自分の価値観を揺るがしてしまう文章をじっくり読むのは確かにしんどいこととは思いますが、ネットウヨの皆さんには、どうもそこまで読んで頂けていないようだ。それが悲しい。

ちなみに私は、現在の高校生が過去の日本の行為を謝罪することには反対です。当時生きていた大人がやりなさい!高校生にできることは、「過去を乗り越えて手をつなごう」という世羅高校が行った未来志向の訴えだけかと思っている。

ところで気になるのは、それはなぜ韓国日報は世羅高校のアピールを「謝罪」であると報道したのかということ。もしかするとそこには、日本人が行った行為を認めればそれが謝罪であるという発想があるのかも知れない。もしそうなら、なんともおおらかな国民性ではないか。

③私を「ネットサヨ」扱いする人へ。

私の文章を読んで、イデオロギーにとりつかれて情報をねじ曲げてまで強弁する「ネットウヨ」や「ネットサヨ」のような傾向性を感じられる方がいることは心外だ。「ネットウヨ」の方は、私の文章が自分の意見と違うから対立する「ネットサヨ」に分類することで思考停止したいのでしょう。批判するならどこがどうおかしいのか説得力ある反論をしていただきたい。

私は、私の文章が否定される事実に出会えば変更する覚悟は持っている。事実、多くのコメントをいただき文章を修正してきた。

反論、修正のための情報をお待ちしています。

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教員免許更新制に意味なし

教員免許更新制が廃止の方向だ。歓迎したい。歓迎したいが賛成するだけで批判されるような雰囲気があることは確かだ。

実際にバカな情けない教師がいることは認める。しかし、そういう教師を排除するためにすべての教師の免許を更新制にした。そこにそもそもの無理がある。無理はどこにあるのか具体的に述べよう。

①そもそもどのような研修をすればいいのか全く検討されていないという現実

今回更新研修を受けられた先生方にうかがったが、内容は全く意味なし。大学の先生が講師をするのだが、大学の先生も何をどうすれば必要な研修になるのか全く分かっていないご様子だったとか。そもそも研修の定員が大学で決まっていて、国公立ほど早く埋まってしまい、有名でない私学は「必ず免許更新しますから受講して下さい」などと宣伝していたらしい。大学の金儲けのための研修なのかと思ったらしい。現場を知らない机上の空論を貴重な時間と金を使って聞くことに何の意味があるか」とのこと。

そう、更新制の受け皿となる大学側の体制は全く整っていないのだ。

②そもそも研修は行われている。

これまでにも各都道府県の教育委員会は、10年目や20年目などの節目に研修を受ける機会を作ってきた。講義形式もあればボランティアもあれば職場体験もあれば授業研修もある。教師にどのような研修が必要か、ということを一番知っているのは都道府県教育委員会ではないかと思う。

更新制にするから免許を発行する大学に行かなければならない。今までの研修制でなぜいけないのか、私には分からない。

③講師をどうするのか

高校の時間割は、転勤が決まって人員が決まった段階で決まる。そこで始めて講師の先生に何人何時間来ていただけばよいかが決まる。年度当初に急に電話をしてお願いするのが毎年のこと。「これからも講師を続ける」と決めて下さっている方は免許を更新されるからいい。しかし実際には講師になる予定のない方に無理矢理お願いしないといけない場面も多いのである。その際に「免許を更新していないから」と断られる場面が増えていくのは目に見えている。

このまま続ければ絶対に混乱する。間違いない。

④そもそも更新研修でおかしな教師はいなくなるのか。

講義を受ければいなくなるのか。木登りをすればいなくなるのか。いなくなる訳がない。こんなものは、文部科学省が世間の批判をかわすために作った言い訳の制度でしかない。

⑤まじめな教師ほど忙しい。真面目な教師から貴重な時間を奪う制度には絶対に反対だ。

私は免許更新制よりも、今の研修制度をより充実させるほうが現実的かつ効果的であると思う。そのためには、現場から離れて、最新の教育理論や実践を聞く時間を、職場体験をする時間を、確保する必要がある。その態勢を整えることをしないで、とりあえず教師自らが免許を更新するという「金のかからない」方法で誤魔化そうとしたとしか私には思えない。

こんなもの早く無くして、もっと有意義な制度を考えてもらいたい。

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それでもやっぱり信用できない

民主党が大勝した。大方の予想通りということだろうか。今、多くの国民の期待が民主に集まっている。

それでもやはり民主は信用できない。理由は一言。「誠実でない」につきる。

児童手当拡充に「バラマキだ」とさんざん反対しておいて子ども手当の創設を公約する。反対した理由を問われて「金額が少ない」。バラマキ批判はどこへいったのか。定額給付金に反対しておいて給付付税額控除を主張する。不正に企業献金を受け取っておいてばれると企業献金の廃止を主張する。そういう人が幹事長になる。戸別農業保障の前提だったアメリカとのFTA締結を選挙前に棚上げする。なのに戸別保障は残す。与党批判のために2/3衆議院再可決を批判し憲法を否定する。そのせいで与野党で合意してきた法案さえも廃案にする。

他にもいっぱいある。

とにかく政権が取れればいいという、そのなりふり構わない姿に不信感があるのである。民主党は、国民生活を人質にしても政権奪取を優先させた。そうした姿勢が信じられないのである。

政策もいろいろ言っているが、財源は「無駄遣いをやめる」の一点張り。どこをどれだけ削るのかという具体論はなし。問われれば「我々は野党だから必要な情報を得られない」。つまり現状を把握していない、という開き直り。挙げ句の果てに「できなければごめんなさいとあやまればいいんだ」(藤井最高顧問)。それでどうして出す方だけは金額を言えるのか。ムチャクチャである。だいたい「野党だから」という言い分がおかしい。野党でも実現できることはある。現に実例もある。

ここまでの与党批判も、自ら提案した対案に与党が歩み寄りを見せても参議院で否決し、与党に衆議院2/3再可決させ「強行採決」のレッテルを貼るなど、国民生活を危機に陥れてでも、とにかく与党の評価を落とすという戦略に出ていた。肝炎対策緊急措置法案と肝炎対策基本法案も、内閣不信任案と参議院問責決議案の前に廃案となった。麻生首相の解散決断後の不信任案と問責決議案になんの意味があるか。選挙前のパフォーマンスにすぎない。福田衣里子は何故こんなことをする民主党から出馬したのか分からない。民主党が薬害肝炎対策になにをしてきたというのであろうか。騙されているとしか思えない。

官僚批判は、はやりというよりも明治政府以来の課題。批判だけならやる気を削いで反発を生むだけ。思い出すのが田中真紀子。外務大臣になってやったことといえば官僚批判。ムチでしばくだけでは人は動かず、反発されて秘書給与流用をあばかれて辞任した。その田中が民主党に入ったのが実に象徴的だ。官僚も人間であるということを知らなければ、同じ轍を踏むだろう。ついでにいうと、その時の天敵・鈴木宗男も外務委員になるそうだ。刑事事件で告訴されている人物が登用される。党首と幹事長に疑惑がある民主党らしい話である。そういえば亀井静香も疑惑まみれの人物である。福島瑞穂はこんな連中とやっていけるのだろうか。

民主党のいやらしいやり口は古株に由来することはまず間違いない。優秀な民主の若手がこうした手法に慣れて、国民生活よりも政局優先になってしまえば、日本はまた悪癖を引き継ぐことになる。

やはり日本の危機である。

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あ~、田母神俊雄

この程度の男なのか。所詮はイデオロギーに支配され、その範疇でしか物事を考えることしかできない扇動家でしかなかったということだ。

田母神俊雄が「広島の原爆慰霊祭は左翼運動。あそこに広島市民も県民もほとんどいない。原爆の被爆者も2世もいない。並んでいるのは全国から集まった左翼。一部政治勢力が日本弱体化を図っている」などと述べたという。

バカなやつだ。最近人気がいいものだから調子に乗って口が滑ったのだろう。しかし、そういう時に本音が出るもの。そう、かれは日本国民の幸せのことなんか何とも思っていない。単なる軍国主義愛好者、軍国主義マニア。戦艦大和の決死行に感動し、特攻隊に涙するくせに、一般大衆が大量に殺された原爆の大量死には何も感じられない、そこから何かを生み出そうとしない。そういう奴を私は信用しない!

以前にも書いた。

「当時の日本の戦争責任者の日本人に対する戦争責任をはっきりさせろ!」

「大和の出撃や特攻隊などなんの効果もない作戦を立案し、日本の若者を無駄死にさせた責任者をはっきりさせろ!」

「原爆を防げなかった、そこまでに和睦に持ってこれなかった、結果として数十万の無辜の民の命を失った無能な戦争指導者の責任を日本人の手で暴け!」

そもそも軍隊というのは国民を守るためのもの。それが「一億玉砕」「一億総攻撃」などと叫んで国民を巻き込んだ。その時点で軍隊失格。しかも東京大空襲、沖縄戦、2度の原爆と国民から大量の犠牲者を出した。これを誰の責任でもない、などというのはウソだ!戦争の立案者がいて遂行者がいたはずだ!アメリカが東京裁判なんかやったから、その矛盾を取り上げることで日本政府には罪はないと言ってしまう論法がまかり通るようになってしまい本当の戦争責任が見えなくなっている。

戦後すぐの東久邇宮内閣のスローガンが「一億総懺悔」。国内の戦争責任を有耶無耶にしようとする意図が見え見えだ。あれほど国民に犠牲を強いておきながら、責任を国民になすりつけて、軍人のトップは何の責任も取ろうとしてこなかった。国民に謝罪らしきことをしたのは昭和天皇だけだ!

田母神俊雄も同じだ。彼は、かつて日本人を無駄死にさせた歴史を持つ、これから国民を守っていくはずの軍事組織に所属していたはずだ。自衛隊ならなおさらだろう。それが、何の反省もしていない軍の理屈に乗っかって自分と異なるイデオロギーをもつ者を攻撃する。右翼だの左翼だの、イデオロギーの範疇でしか現実を理解できない、そのためには事実でさえねじ曲げる。こういう人はだいたい「日韓併合を日本が押しつけたというのは間違い。韓国も同意したという条約がある。」としながら「日本国憲法はアメリカから押しつけられた。」というのだ。こういうのをダブルスタンダードという。彼の“論文”らしきものにもその傾向が見受けられる。

田母神俊雄、やっぱりつまらない奴だったな

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年金論議覚え書き

年金の議論ほど、間違った数字が横行したり別次元の物事がいっしょくたに論じられている物事はあるまい。現代社会や政経の授業をしていて生徒から質問されても答えられないことも多く、一度整理してみる必要があると感じ、今、何が議論になっているのか、をまとめてみることにした。

①現有制度にはどのような問題点があるのか。

まず、現在の制度は将来破綻する可能性があるのか?というと、これは、ない。
社会保障国民会議が今年5月に発表した試算によると、現制度で未納率65%でも年金は破綻しないことが分かった。これは当たり前のことで「未納の人」=「年金が貰えない」ので、「未納の人」が増えると将来の年金給付の総額も減るからである。さらに、年金の国庫負担が50%になりましたが、未納者が増えるとまじめに支払ってきた人に回せる割合が増えるのである。
そもそも、マスコミは「年金未納者50%」となどといって不安を煽っているが、年金未納者50%」とは、「国民年金しか加入していない第1号被保険者の50%」なのだ。国民年金は全成人国民が加入するものだから、サラリーマンや公務員も加入し給料天引きで支払っている。このサラリーマン、公務員とその配偶者を分母に入れていないのだ。現在の未納者は年金加入対象者の5%強くらい。ほとんどの方がきちんと支払っている。
参考 http://allabout.co.jp/finance/401k/closeup/CU20080629A/
しかし、現在の制度の問題は、特に国民年金のみの第1号被保険者は将来いくら年金を貰えるのか、ということである。「今納めている金額よりは多く貰える」ということはまちがいないが、第1号被保険者は月々の納付金額が低く、したがって帰ってくる金額も少ない。夫婦だと生活保護世帯を越えるが、単身だと生活保護の方が上回ることもある。これではおかしいという当然の声もあり、見直しが進められている。(ただし生活保護家庭には、貯蓄も資産も認められない。それを考えると年金の方が楽。)サラリーマン、公務員は、「現役時代の50%」が保障される。

②社会保険庁のとんでもない話は誰のせい?
 社会保険庁の役人達が怠慢な仕事をし、せっかく貯めた保険料をグリーンピアなどに浪費して、年金の信頼性に大きく傷がついたことは記憶に新しい。許せないことだ。
しかしこのことは、年金の制度がどうあるべきかという課題とは別件。社会保険庁の役人の怠慢は組合活動にも原因がある。ヤミ専従も同じ。与党の政治家の監督責任を攻めるのと同時に、組合のゆがんだ権利意識の中に多くの「ムダ」を生む構図があることを知るべきである。コンピュータの導入や国民総背番号制などの効率化を図る制度の導入に最も反対したのは組合だ。理由は「効率的になると仕事がなくなる。そうすると人が減らされる。」「新しい機械や制度には年配者がついていけない」というもの。学校でも成績処理や通知票作成にコンピュータを使用することを拒否していたのは、きまって組合系の方々だった。

年金の全額税方式ってどう?
忘れてはならないのは、現在すでに「半額税方式」であるということ。それを全額にする。それも「現在の制度は破綻する」とまで間違いを言い切って導入しようとする理由が私には分からない。
大きな違いは、現在の制度では「払ってない人は貰えない」。全額税方式なら「払ってこなかった人も貰える」。利点は、なんといっても、現在の制度では支払っている人にしか税金の恩恵がないが、全額税方式ならすべての国民に恩恵が行き渡るということ。また、国民年金と厚生年金と共済年金などの間の格差も埋めることができる。ただし、支払ってこなかった人のなかに「支払えなかった人」と「支払わなかった人」がいるわけで、後者がまじめに支払ってきた人と平等に扱われることには抵抗感も大きい。また、厚生年金と共済年金の加入者は多額を支払ってきたわけで、それを国民年金と丼勘定にされることには相当な抵抗があるだろう。さらに、この制度には相当な税金を必要とする。現在の厚生年金・共済年金は企業・自治体が半分を負担しているが、それも税金でまかなわなければならない。いったいどれだけの税金を必要とするのであろうか。そして国民の負担はいくらになるのであろうか。考えるとちょっと恐ろしい。全額消費税ですると15%や20%なんて話まである。しかし消費税で負担するとなると、年金生活者も年金を支えていることになり、すでに年金生活に入っている人にとっては「二重取り」になるということも知っておく必要がある。
新しい制度の導入は、「国民は過去に納めた金額にこだわらない」「国民は確実な年金のために高負担を選択する」「年金生活者も負担する」という腹が固まらないとできない。はたしてできるだろうか。

夢物語ではないのだから。

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都議選のマスコミ報道

都議会議員選挙が終わって、さらに深まった思い。それは、「やっぱりマスコミは面白ければいいんだな」ということである。本質的なことがまったく触れられていない。
今回の都議会議員選挙結果とは何か。
一つは、連立与党が過半数を割ったこと。このことはマスコミも報道した。
しかし、相変わらず連立与党が民主党を上回った、という事実は報道されていない。自民党1458108.233票、公明党743427.674票で連立与党の合計2201535.907票に対し、民主党2298494..617票と票では上回ったものの、自民38人公明23人、連立与党の合計61人の当選者に対して、民主は54人しか当選していないのである。共産党(8人)以外の諸派・無所属の4人を足しても58人と、及ばない。つまり民主党が政権を取ったとは言えない中途半端な勝利なのである。
民主は今まで通り反対はできる。共産はいつも反対だから。しかし、何かを実現するためには自民・公明の少なくともどちらかの理解を得なければならない。そのことは自・公も同じである。つまり、自・公・民には今まで以上の話し合いの姿勢が、民主党には今までなくてもよかった責任ある対応が求められるのである。
今までは民主が反対しても賛成しても結果は変わらなかったので、ポーズだけ、人気取りのための反対があり得たが、今後は、民主が反対することでその政策は実現できなくなるのだ。その結果責任は民主党も負わなければならなくなったのだ。そういう意味では、よい政治になるのではないかと私は期待したい。
二つには、自民と共産と社民が大敗したこと。マスコミは自民の敗北しか伝えない。公明は全勝。したがって「自公連立大敗」ではない。連立政権の大敗の流れを公明党が断ち切った。
注目するべきは、共産党と社民党の惨敗である。共産党の当選者数は13人から8人と激減した。それだけでなく、4人が供託金没収となった。この大切な選挙に、いったい何を考えているのだろう(供託金没収は、無所属をのぞけば共産党と幸福実現党だけである)。『蟹工船』ブームで党員が増えたと喜んでいた共産党だが、実働部隊の増加にはつながらなかったということだろう。社民党は前回に引き続き当選者ゼロ。その共産党と社民党に、「国民の心は、自公連立政権から離れた」などという資格があるだろうか。このこの2党に都民の心はない。この2党はどれだけ負けても党首の責任は問われない。だから厚顔無恥なことをシレッと言えるのである。マイクを向けること自体、意味がない。
今回私が最も理解できなかったのは、都議選の総括番組に、候補を立てることさえ出来なかった国民新党や日本新党の代表者が出演していたことである。彼らは都議選に関係ない。マスコミの受け狙い、「与党大敗」という悪宣伝のための演出である。「都議選が衆議院に直結する」という民主党が醸成した雰囲気にマスコミが乗っかっている証拠である。本来は東京都の選挙であって、国政とは関係ないはずである。(そもそも政治討論番組に出演する人数は、衆議院の議席で勝る与党は自・公で2人のみ。野党の代表は各党1人で数人となって、いつも袋だたきの構図になっているのが、私にはヤラセに見えて仕方がない
あーあ、またもマスコミ批判。いやになるね。でも鼻についてしかたがないので書いてしまいました。

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「自民に不満」が「民主に不安」を上回る

最近、非自民連立政権誕生の時のことを思い出す。

あのとき、「とにかく自民はダメ」「自民は時代遅れ」というイメージが先行し、自民党が大敗し、勢いにまかせて、選挙前に公約にしたわけでもない非自民連立政権が誕生した。「時代は変わった」そういう雰囲気が広がった。私もそう思った一人だった。

しかし誕生した非自民政権は、国政経験がない総理の下で、現実的になれない社会党を抱き込んで、ウラでは小沢が操っていることが丸見えで、ほとんど何もできないまま、野党に落ちた自民党の必死の憲法術数の手にかかって瓦解した。

今の世間に当時と同じような空気を感じるのは私だけであろうか。

民主党は完全にイメージが先行している。私は現在の政界を混乱させているのは他でもない自民党の内部紛争だと思っている。民主党が評価されているわけではない。だいたい民主党の政権公約は信用していいのだろうか?私は疑問である。

一つ例をあげよう。

子ども手当である。中学生以下の子ども一人につき、月額26000円といっていたのが当面13000円になるそうだ。財源は、配偶者控除の廃止と扶養者控除の見直し。つまり専業主婦のおられる世帯には厳しく共稼ぎ世帯にはうれしい政策。子どものいない世帯に厳しく中学生のおられる世帯にうれしい政策。お年寄りを抱えている3世代世帯に厳しい政策。そういうことが分かって民主党を応援している人がどれだけいるだろうか。

世帯に直して考えてみよう。10%の累進課税率で計算すると、世帯にとって、

配偶者控除(国税38万円、住民税33万円の所得控除)。つまり、7万1千円。

扶養控除(扶養家族一人当たり国税38万円・住民税33万円。16歳~23歳までの扶養親族は国税63万円・住民税45万円。70歳以上の扶養親族は同居の場合国税58万円・住民税45万円、別居の場合は国税48万円・住民税38万円)。つまり「見直し」という言葉が「廃止」なら、

小中学生以下1人につき7万1千円

高校・大学生1人につき10万8千円

同居の70歳以上のお年寄り1人につき10万3千円

別居の70歳以上のお年寄り1人につき9万6千円

が増税になる。

さらに当然の事ながら、小学生以下の第1子と第2子に年額6万円、第3子に年額12万円児童手当も貰えなくなる。

我が家の場合、配偶者控除(71,000円)、扶養控除(213,000円)の増税と児童手当(240,000円)が貰えなくなるので、52万4000円の負担増と引き替えに、子ども手当を貰うことになる。

こども手当は、13,000円×3人×12ヶ月=46万8000円であるから、実質5万6千円の負担増なのである。子どもが3人いる私の家でさえもそうなのだ。

各ご家庭で計算されてはいかがだろうか。ちなみに子どもと同居せず、専業主婦の奥さんがおられ、70歳以上のお年寄り夫妻と同居しておられるご家庭は27万7千円の負担増となる。

つまりこの政策は、児童手当が少ないから子ども手当として増やすのではなく、中学生の子どもさんがおられるご家庭を応援するために、それ以外のご家庭の負担増をはかるものなのだ。

そう言う風に正直に言わないところに、民主党の不誠実さがある。年金案も高速道路無料化も、肝心な財源になると「ムダをなくす」。どういうムダをどのようになくすのか聞くと、「野党だから詳しい資料がなく今は答えられない。」ならばどうして「ムダをはぶく」と言えるのか。「与党になったらやっぱり無理だったということが分かりました」というのではないか。実に誠意が感じられない!国民にはそういう不安があるのである。

しかし、その不安も自民党への不満の前には消し飛んでしまう。今まさに具体性のないイメージの台風が吹き荒れている。それが非自民政権誕生前夜と似ているのである。

「民主党が政権をとったら、手のひらを返したようにマスコミは民主党批判を始める!」

私の予言である。

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